第2話 カシスオレンジと長い夜

それから陽毬は、あの日体験した感動をモチベーションとして持ち、日々仕事に明け暮れていた。

仕事の忙しさは変わらないものの、前より陽毬の表情は明るくなっていた。

「どうしたの陽毬、最近なんか表情明るくなったね?前は魚が死んだような顔して仕事していたのに。食べ物に飢えたゾンビの表情といい勝負してたわよ、あんた。」

同僚の松下凛月が言った。

「食べ物に飢えたゾンビって…そんな酷い表情してた?というかなかなか私言われようひどくない?(笑)」

「そりゃ酷かったわよ。何かに取り憑かれたかあんた自身がゾンビになったんかと思った。さては最近なんかあったわね?」

「んー…まあなにもないと言えば嘘になるかな、いい事…はあったかも。」

「何よ、もったいぶらないで教えなさいよ。あっ、さては…男とか?いい出会いでもあったの〜?」

とニヤニヤしながら肘をつついてくる。

「い、いや違うよぉ?そんないい出会いとかないし!」

「そろそろ新しい恋でもしたら?いい加減前の恋は忘れなさいよ。」

「そんなこと言ったって…。一応吹っ切れてはいるんだけど…。」

「んーその様子はまだ引きずっているわね?」

「うっ……。」

「わかった、今日週末だし仕事終わり飲みに行くわよ!色々事情聴取しなきゃいけない事もあるみたいだしね?」

「了解〜。」


その夜。定時で仕事を済ませ職場をそそくさと退社し、凛月と共に駅に近い居酒屋に入った。大抵凛月と時間を過ごす時はこのお店を利用する。大衆的でどのテーブルも賑わっている雰囲気がプライベートの話をするにはちょうどいい。

「で?何があったのよ?」

「ちょ、本題は一旦待って、先にドリンク頼もう?りっちゃん何する?メニュー表見なよ!」

「んー、私はいつもので。てか、それいうならあんたの方が優柔不断なんだからさっさと決めちゃいなさいよ?」

「うーん、どうしようかなぁ?いつもは巨峰サワーなんだけど…。なんか今日気分違うんだよなぁ。」

「じゃあ何にするのよ?蜜柑サワーとか?」

「それもいいけどね…、あっ。」

ふいにカシスオレンジに目が止まった。いつぶりだっけと思いつつ、じっとメニュー表を見る。

「カシスオレンジ…、まあいいんじゃない?」

久々に頼んでみることにした。

普段カシスオレンジなんて頼まないのに何故か今日は頼みたくなった。

「あんたがカシスオレンジなんて絶対悩みがあるわね?なに、正直に吐きなさいよ。何があったの?」

 「うっ……」

悩み事というか、喫茶店のこと。あの日のことがずっと忘れられなくてもう一度行ってみたいけど特別な時じゃないと行っちゃいけないような気がしてなかなかあの時以来行けていない。ただお茶を飲みに行っただけなのに魔法をかけられたようなあの感覚は、もう一度味わいにいきたいと思うものの正直行きづらい。よく分からないけどあの場所には他の場所とは違う何かを感じる。

「行きたいけどね…」

ぽつりと呟いた。

「何?どこか行きたいところがあるの?」

「あっ、いやそういうわけではなくて…えっと…」

「さては何か迷いがあるのね?もう、うじうじしてないではっきり言いなさいよ?」

どうやら観念するしかないようだ。

「実はこの前、残業終わりにフラって立ち寄ったカフェがめっちゃいい所だったんだけど、なんかもう一回行きたくても行きづらいというか…」

「え、なに要は行きたい場所があるけど行きづらい的な?」

「いや、あー…そうかも、」

「なかなか言い出さないと思ったらそんだけ?何よぉそんな気になってるなら行けばいいじゃない!」

「でもなかなかもう一回行けないというか…」

「いやそんだけ悩んでんなら行きなさいよ?行けば解決するじゃない!」

「うーーん…そうなのかなぁ…」

「悩んでる暇あったらすぐ行動しなさい!なんならこの後行く?私着いていってあげるわよ?」

凛月は結構性格がサバサバしていて、思い立ったらすぐ行動に移す怖いもの知らずである。少し前も、テレビで台湾特集をやっていてそれに感化されたのか何も予定立てずに弾丸で一人弾丸小旅行に行ってきたらしい。本人が笑いながら話をしていた。凛月曰く、悩んでいる時間があるならさっさと行動して後々物事を考えるらしい。

反対に陽毬は何事も慎重に考えすぎてなかなか行動に移すことが出来ない。就職活動も受けたい企業は多かったけど「落ちたらメンタルが…」とか考えすぎて積極的に行動出来なかった。今所属している会社も凛月に背中を何度も押されてやっと受けて入れたのである。恋愛も嫌われたくない、幻滅されたくないということを考えすぎて相手に自分の気持ちを伝えることがなかなか出来ず上手くいかない。本当はもっと自分の意見を伝えたり色んな物事に挑戦したい気持ちはあるがどうしても行動出来ない。

そんな性格というのもあり、今回も陽毬はウジウジ悩んでいるのである。

「もう!わかったわよ!こうなったら強行突破!今から行くよ!」

「えっ?今から??!待って心の準備が…!」

「ずっとそうやって悩んでる暇あるんだったら行くしかないでしょ?しかもあんた、今行かないと絶対今後行けないと思うから!」

「う、うーん……」

「話はそこからよ!行ってわかるんなら行くしかない!」

どうやら今日は長い夜になりそうだ。

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恋の続きは喫茶店で なのはな。 @Riira79

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