episode.17

私達が再会を喜び合っていると、シシリア様がコホンと小さく咳払いをした。


「キティ、嬉しいのは分かるけど、ちょっとテレーゼさんとお話させてくれない?」


シシリア様の言葉にキティ様はハッとして私を見上げる。


「お姉様ごめんなさい、私ったら。

さっ、座りましょう」


キティ様にそう言われて、私達はソファーに一緒に腰掛けた。


「私はお嬢様の準備をしてきますね」


代わりにルジーが席を立ち、皆様に礼を取って

部屋から出ていった。


私の準備って何の事かしら?

首を捻る私に、シシリア様がクスリと笑った。


「ルジーは貴女の叙爵式の準備に行ったのですよ」


シシリア様の言葉に、私は驚いて目を見開いた。


「本来なら当主が指名して爵位を譲り受けますが、テレーゼさんには陛下自ら爵位を授けたいと言って聞かないもので」


私はますます驚いて、震える手で口元を覆う。


「そんな、陛下御自らなど、畏れ多いですわ」


私の言葉をシシリア様はまぁまぁと手で制する。


「いえ、本来なら貴女の社交界デビューの時にそうするつもりでおられたのです。

それをこんなにも時間が過ぎてしまい。

陛下はお心を痛めておいでです。

どうか、陛下のそのお気持ちをお受け取り下さい」


そう言って優しく微笑むシシリア様に、私は頷くよりなかった。


陛下自らなど恐れ多いわ。

私はちゃんと務めを果たせるのかしら。

不安に襲われる私の手をキティ様がギュッと握ってくれる。


「お姉様なら大丈夫ですわ」


その揺るぎない瞳に見つめられて、私は胸の奥から勇気が湧いてくるのを感じた。


そうよね、エクルース家の為、私が頑張らなくては。


「ありがとうございます、キティ様」


微笑み礼をする私に、キティ様は何故か頬を膨らませて不満そうな顔をした。


「お姉様ったら、先程のようにテティって呼んで下さらないの?」


可愛らしく拗ねた顔はどこかノワールに似ていて、私はクスリと笑った。


「キティ様は畏れ多くも第二王子殿下のご婚約者様に在らせられますから。

先程は突然の再会に動揺してしまいました。

不敬をお許し下さい」


そう言って頭を下げる私に、キティ様はその大きな瞳をたちまち潤ませた。


お、お可愛いらしいですわ、キティ様。

私はそのキティ様の愛らしさに思わず頬を染める。


その私達のやりとりを黙って見ていたノワールが、クスクスと笑い出した。


「テレーゼ、キティは君の義妹になるんだから、不敬などと言わずテティと呼んであげて」


サラッとそう言うノワールに、私はボッと顔を赤くした。


「まぁ、ではお2人は無事に婚姻出来るのですねっ!

ではテレーゼお姉様は私の本当のお姉様になるのですから、やっぱり私の事はテティと呼んで下さいっ!」


興奮した様子のキティ……いえ、テティに、私は真っ赤な顔のまま何とか頷くだけで精一杯だった。


「ノワールの求婚をお受けになったんですね。

良かったですわ」


ニコニコ笑うシシリア様に、ノワールがポッと頬を染める。


「求婚っていうより、契りを、ね。

僕の初めてをテレーゼに捧げたんだ。

だから、テレーゼは責任を取ってくれる筈だよ。

ね?テレーゼ」


頬を染め、恥じらいながらそう言うノワールは、その可憐な容姿のお陰で、乙女を捧げたばかりの美しいご令嬢にしか見えなかった……。


わ、私が、ウブなノワールの花を散らしたように見えるわっ!

な、なんて事を言うのかしらっ!


もう全身真っ赤になってプルプルと震えていると、皆様のボソボソとした囁き声が聞こえてきた。


「牽制だな……」


レオネル様の溜息混じりの声。


「そういう訳だから、間違っても手を出すなよってやつな……」


ジャン様の呆れたような声。


「私達、揃いも揃って婚姻はおろか、婚約者もいませんからね……」


ミゲル様の哀しそうな声……。



「アンタねぇ、皆の前でテレーゼさんを公開処刑にすんの、やめなさいよっ!

全く、脳筋はこれだから」


先程までとは打って変わって砕けた口調のシシリア様の声に、私は吃驚して顔を上げた。


シシリア様はなんて事ない様子で、私を見て続ける。


「ごめんなさいね、テレーゼさん。

あっ、テレーゼでもいい?」


シシリア様の変わりっぷりに、私は驚きながらもコクコク頷いた。


「私達、公式の場じゃうまく畏まってるけど、このメンバーで集まってる時は気兼ねなくやってるの。

テレーゼもそうしてね。

レオネルもジャンもミゲルも、テレーゼの同い年だし、〝様〟とか要らない要らない」


片手を顔の前でフリフリ振っているシシリア様を、私は口をあんぐり開けて眺めてしまった。


「私なんかテレーゼの2歳下だし、なおさら〝様〟なんて不要よ。

シシリアで良いから。

シシリア、テティ、レオネル、ジャン、ミゲル、オッケー?」


1人1人を指差しそう言うシシリア様に、私は頭が混乱して追い付かず、どうしたらいいのか分からずにいると、レオネル様が大きな溜息を吐き口を開いた。


「そこにいる我が妹シシリアもノワール同様脳筋だからな、本当に畏まる必要はないぞ。

そこにジャンも合わせて、私は脳筋三馬鹿トリオと呼んでいる」


レオネル様の言葉に、私はもう頭から湯気が出そうだった。

ど、どういう事?


ジャン様は騎士然とされていて策士には見えないけれど、シシリア様も、ノワールも?


ぐるぐる目を回す私の耳元でテティがコソッと教えてくれた。


「お兄様は見た目はああですが、幼い頃より騎士道真っしぐらで、見た目はあんななのに直情型なの。

見た目は麗しいけど、考えるより先に身体が動くタイプで。

頭は良くてとても優秀なんだけど、見た目に反して何でも物理で片付けようとする傾向があるというか……」


テティが何度も見た目はああだけど、と説明してくれたお陰で、だんだん頭が冷えてきた。


……私も、そのノワールの事に関して、思い当たる節がない訳ではないと言うか………。


とにかく、この集まりの時には変に畏まる方が皆様の空気を崩してしまうみたいね。


私は何とかニッコリ微笑んで、シシリア様……いえ、シシリアに向かって口を開いた。


「分かりましたわ、あの、シシリア。

お言葉に甘えて、私も皆様のお仲間に入れて頂きますわね。

これからもどうぞよろしくお願い致します」


改めて頭を下げると、シシリアは、まだ堅いな〜と呟いていた。


その辺はもう少し、お時間を頂ければ……。




「さっ、そろそろ時間ね。

テレーゼ、貴女の準備に移りましょう」


バッと立ち上がり、私に向かって手を差し出すシシリアに面食らいながら、その手にそっと自分の手を重ね、私も立ち上がる。


「お姉様の勇姿、楽しみだわ」


弾んだ声のテティに、シシリアが悪戯っぽく笑う。


「余興も用意している事だし、ね」


見つめ合ってクスクス笑う2人を首を捻りながら眺めていると、ノワールが私の肩に優しく手を置いた。


「僕も、楽しみにしているよ、テレーゼ」


優雅に咲き誇る大輪の薔薇のようなノワール。

だけどその薔薇は、真っ黒に咲き誇っていた。






テティとシシリアに連れられて部屋を移ると、そこは控え室のようで、陛下に拝謁する為の私の衣装が置いてあった。


騎士風のジャケットに真っ白なドレス、それに立派なビロードのマント。


正式な陛下への謁見に、各当主が着る正装を女性らしく変えてある。


「あの、このような物をいつの間に……」


驚く私にテティとシシリアが楽しそうに笑っている。


「ローズ夫人が早々に作らせていたのよ。

今の貴女の体型にピッタリになるよう手直しもしてあるから、これを着て胸張って鬼退治といきましょ、テレーゼ」


シシリアの弾んだ声に、私はまた首を捻り、自分の顎を掴んで考え始めた。


そういえば、ノワールもそのような事を言っていたわね。

断罪の時間だとか……。


ノワールの言葉を思い出し、私はハッとして顔を上げた。


「あの人達も来るのね?」


私の言葉にシシリアがニヤリと笑う。


「ご名答」


その答えに、頬を冷や汗が伝った。

お父様達が、ここへ………。


無意識に指が震え出し、どうすればいいのか分からずにいると、その手をテティがギュッと握ってくれた。


気遣わしげに私を見つめるテティに、何とか微笑みを返すけれど、胸の中はどんどんと冷えていく。


お父様の怒鳴り声、ステッキで打たれた痛み、お継母様とお姉様の私を蔑んだ嘲笑……。


次々にあの邸での記憶が湧き起こり、忘れていた恐怖を思い出す。


肩を震わせる私を、シシリアがそっとその胸に抱きしめた。


「大丈夫よ、テレーゼ。

アイツらはもう貴女に何も出来ない。

貴女はエクルース女伯爵になるのだから。

誇り高きエクルース家の当主は、貴女なのよ」


穏やかなシシリアの声に、身体の震えが収まっていった……。



そうよ、私にはエクルース家の治める領地と領民を守る責務がある。

邸もあのままにはしておけない。


お父様達に怯えて、その大事な物から逃げ出す訳にはいかないわ。


完全に震えが収まってから、私はゆっくりと顔を上げた。


「もう、大丈夫よ。

ありがとう、テティ、シシリア。

リジー、私の用意を急いで」


部屋に控えていたリジーにそう声を掛けると、リジーは涙を浮かべて嬉しそうに頷いた。


リジーとメイドに支度を手伝ってもらい、私は当主らしい厳格な装いに身を包み、姿見を見つめた。


そこにはあの、惨めで見窄らしい、家族に虐げられていたテレーゼはもういない。


お母様に頂いた髪色と瞳、ローズ家で取り戻した健康的な身体。

貴族の所作も知識も全て詰め込んできた。


私は、今日、必ずエクルース女伯爵となってみせる。

例え家族と反する事になろうとも。






陛下への謁見の用意が出来ると、控え室までノワールが迎えに来てくれた。

その手を取り、謁見の間に向かう。


ノワールが側にいてくれるだけで、胸の奥から力が湧いてくるようだった。


もう、不安などない。

お父様達に与えられた恐怖に囚われてもいない。



厳かに扉が開かれる。

謁見の間には沢山の貴族達が集まっていた。

貴族名鑑で見た高位貴族ばかりで、王族派と穏健派の貴族ばかり、貴族派の顔は見当たらなかった。


意外に思って目を見開きそうになるが、何事もない顔をしてノワールに手を引かれ、貴族達の間を歩き、陛下の御前に着く。



「テレーゼ・エクルースよ、急な呼び立てにも関わらずよく来てくれたな」


カーテシーで礼を取る私に、陛下が穏やかにお声をかけて下さった。


「国王陛下に拝謁を許された事、光栄にございます」


私がそう答えると、陛下はうむと優しく頷いて、静かに手を上げた。


それを合図に壁際の扉が開き、そこから近衛騎士に引っ張られるように、お父様とお継母様とお姉様が現れた。


「せっかくの叙爵式だからな、父親にも見せてやらねば、な?テレーゼ」


ニヤリとお笑いになる陛下に、私は何故わざわざ?と内心首を捻った。


だけどこれもきっと意味のある事なのだろうと、疑問を顔に出すような事はしない。



「お前、テ、テレーゼなのか……本当に……?」


お父様が目を見開き、穴が開くほど私をジロジロと見つめる。


骨と皮だけの見窄らしい私からは、今の姿は想像出来ないのだろう。

お父様はまだ信じられないといった顔だった。


「お前っ!こんな所で何をっ!それにその偉そうな格好はなんだいっ⁉︎

服装だけ偉そうぶっても、お前はこんな所に来れるような身分じゃないんだよっ!」


髪を振り乱してお継母様が怒鳴ると、隣のお姉様も目を尖らせて同じように怒鳴った。


「そうよっ!何様のつもりなのっ!

アンタッ!まだ自分の立場がよく分かってないようだねっ!」


2人を拘束していた近衛騎士が、その頭を掴んで床に顔を押し付ける。


「陛下の御前でそのように声を荒げるとは、黙らんか、この罪人ども」


怒りの滲んだその声に、2人は真っ青になったが、床に押し付けられようと、目だけでも私を睨み付けていた。


「陛下っ!そのような小娘の戯言、まさか本気になさっておられませんよね?

その娘が言った事は全て妄言っ!

恐れ多いことに、その卑しい小娘は陛下を謀っているのですっ!」


お父様が私を指差して怒鳴り声を上げ、同じように近衛騎士に頭を床に押さえ付けられた。


隣から冷気が漂ってきてチラッと横目で見ると、冷淡な表情を浮かべたノワールが刺し殺すような目でお父様達を見下ろしていた。


ノワールがゆっくり指を横にスッと動かすと、お父様達の口が瞬時に凍り付く。


「少しでもまたその卑しい口を動かせば、粉々に砕け散る」


ノワールの冷ややかなその声に、3人とも涙を流しながら頷いていた。



「さて、テレーゼ・エクルース。

叙爵式を進めよう」


まるで何事も無かったかのような陛下の声に、私は振り返ると、陛下の御前に跪いた。


陛下は玉座から立ち上がると、威厳ある声を上げた。

その声は静まり返った広間の隅々にまで響き渡る。


「セレンスティア・エクルースの娘、テレーゼ・エクルースよ。

本日これをもって、そなたに、セレンスティア・エクルースの持つ伯爵位を譲り渡す。

今後は、テレーゼ・エクルース伯爵と名乗るが良い」


陛下のお言葉に私は深く頭を垂れて、口を開いた。


「陛下の深いお心に感謝致します。

エクルース伯爵の名、有り難く拝爵させて頂きます。

これよりは、この名に恥じぬよう、この国を王家と共に支える支柱となる事をここに誓います」


私の誓いの言葉が終わると、陛下が宰相様と共に降りてきて、私の目の前に立つ。


宰相様から受け取った爵位証明書に手をかざすとそこが青く光り、陛下独自の魔法印が浮かび上がった。


魔法印を使える者はサインよりもこちらが優先されるので、魔力を有する貴族は殆どこの魔法印を使う。


特に王家が使う時は、それがより重要な公的文書だと表している。


ノワールがサッと手を差し出してくれたので、その手に自分の手を重ね、私は立ち上がった。


そして先程陛下が魔法印を刻んだ証明書を宰相様から受け取り、そこに手をかざした。


そこが黒く輝くと、私の魔法印が浮かび上がり、陛下の魔法印の下に刻まれた。


それを確認してから宰相様に手渡すと、陛下が満足気に頷いて、貴族達に振り向く。


「ここに新しきエクルース伯爵が誕生した。

テレーゼ・エクルースこそ、真のエクルース伯爵だと、余がここに宣言しよう」


陛下の言葉にその場にいた皆が拍手で私を祝ってくれた。

その拍手に礼を返し、私はノワールを振り返る。


ノワールは愛しそうに私を見つめ、私の手を取った。


鳴り止まない拍手の中、陛下がスッと片手を上げると、再びその場が静寂に包まれた。



「さて、この場に似つかわしくない罪人が3人もいるようだが?」


コツコツと靴音を響かせ、陛下がお父様達の前に立つ。


ノワールに口を凍らされ、恐怖に涙を流しながら、お父様達はその陛下を見上げた。


「サンス・エクルースよ、これはどういった訳か、きっちり説明してもらおうか?」


黒く微笑む陛下に、お父様はその目を恐怖に大きく見開いた………。


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