第22話 もしかしてこれがデートってやつなのか1

 鏡を見る。

 普段のパーカーにズボンの姿、覇気のない顔に気だるげな瞳が映る。

 いつもと変わらない度会さんとの外出なのだが、何故か少し自分の姿が気になった。

 鏡の自分に無理やり笑顔を作ってみたが、ぎこちない不気味な顔になったので気にするのをやめた。

 変に意識しても仕方がない。

 ただ、映画を見て帰ってくるだけだ。

 映画館まではとなりの市に電車で行くため、駅で待ち合わせになっている。 

 家にいても手持ち無沙汰なので早めに家を出る。

 どうせ度会さんも早く来るのだ。待たせるより待つ方が気楽だ。

 


 


 「おはようございます!待たせちゃいましたか?」

 「いいや、僕もそんなに変わらないよ」


 結局、集合時間の10分前には2人して揃っていた。

 度会さんはゆったりとした黒のワンピースに、いつもしている指輪のネックレスの姿だ。

 黒の服装は、病的なまでに白い彼女の肌を際立たせていた。


 「今日はお願いします。映画館に行ったことがないので、迷惑かけてしまうかもしれないですけど」

 「別にそんな考えることじゃないよ。それより、今日は何の映画を見るの?」

 「私が見たいのは、恋愛漫画が原作のアニメ映画です!『鎖と異形の王』ってタイトルです」

 「なんかあんまり恋愛って感じのタイトルじゃないね」


 タイトルから感じる印象はどちらかといえばアクションファンタジーだ。

 恋愛ものには疎いので、最近の流行りはよくわからない。

 定刻通りに来た電車に乗りながら映画について話す。


 「映画で面白く感じたら、漫画貸しますね!きっと気に入りますよ!」


 度会さんは若干興奮気味にあらすじを教えてくれる。

 森に捨てられた奴隷の少女が、人間嫌いの異形の王に拾われるところから物語が始まる。

 異形の王は絶対的な力によって人々からは恐怖の対象だが、奴隷生活によって人間性を欠如していた彼女は恐れずに接していく。

 人間と異形、交わらないはずの2人が穏やかな日常を過ごして心を通わせる、という話らしい。

 映画も大ヒットとまではいかないまでも、丁寧な原作に準じた作りはファンにとって好評らしい。

 よほど楽しみにしていたのだろう、目的地に着くまでの時間で度会さんが見どころを熱く解説してくれる。

 その様子に、少し僕も映画が楽しみになってきた。



 


 「へぇー、映画館の中ってこんな感じなんですね。色々なポスターがあって面白いですね」


 初めての映画館、度会さんは視線をきょろきょろさせてあたりを見回している。 

 大きいポスターや新作映画の予告が流れるモニターなど、初めて来たときは自分もあちこちと目移りしたことを思いだす。

 度会さんが満足するのを少し待ってから、券売機の方へ歩く。


 「どの席から、スクリーン見たいとか希望ある?真ん中から見たいとか、前の方がいいとか」

 「んー、初めてなのでよく分からないんですよね。悠さんはいつもどこで見るんですか?」

 「そんなに映画館来ないけど、僕は真ん中より少し後ろで、中央列を挟んだ左の席で見ることが多いから、ここらへんかな」


 タッチパネルに映る座席表を指さす。

 全体的にスクリーンが見えて、人の行き来が激しい中央は避けるのが僕のスタイルだ。


 「じゃあ、こことここにしましょう!」


 度会さんが隣同士の座席をタッチする。

 現金を入れると2人分のチケットが出てくる。


 「このチケットを開場時間になったらあそこの入り口で見せれば中に入れるから」

 「分かりました。チケット代、ありがとうございます」

 「お礼だからね、気にしなくていいよ」


 度会さんが大事そうにチケットを抱える。

 喜んでもらえているようで、少し安心する。

 開場時間までは少しだけ時間がある。

 グッズ売り場でも見て時間をつぶそうかなと思っていると、度会さんから提案があった。


 「すみません、映画館に来たらやってみたいことがあったんですけど、いいですか?」


 そういうと度会さんはフードコーナーの看板を指さす。


 「でっかいポップコーンを食べてみたいんです!」


 期待するような目でこちらを見ている。

 個人的には、あまり大きいサイズのポップコーンは好きではない。

 音を立てていないか気になってしまうし、単純に食べきれない。


 「2人で半分こしながら食べましょう!」


 どうしたものかと思っていると、どうやらポップコーンを分け合いながら映画を見たいらしい。

 なるほど、友達がいないとできないことだ。やりたいことリストの1つなのだろう。

 まぁ、買うだけ買って、量の多さに驚くのも経験だろう。


 「じゃあ、飲み物も一緒に買おうか」

 「はい!」


 2人でポップコーンとドリンクを注文し会計しようとした時、受付スタッフが思いもよらないことを言ってきた。


 「ご注文ありがとうございます。当館ではカップル割引を適用できますがいかがなさいますか?」


 あぁ、休日に高校生が男女で出かけていたらカップルに見えるのか。

 意識すると少し恥ずかしくなってきた。

 とりあえず否定しなければ、自分とカップル扱いは度会さんも良い思いはしないだろう。


 「ちが――」

 「はい!お願いします!」


 度会さんは何故か普通に乗っかっていた。

 こっちを見てウインクしてくる。

 ほほえましいものを見るような目でスタッフが会計する。


 「わぁ、ポップコーン大きいですね!」

 「……そうだね」

 「ふふ、嘘ついちゃいましたね、カップルに見えるらしいですよ?」


 そういって彼女は僕をからかってくる。

 忘れていたが、度会さんは元々距離感の詰め方がおかしい人だった。


 「こういうやりとりも恋愛漫画の定番で、やってみたかったんですよねー」

 「そりゃ、良かったね」


 きっと彼女にとってはあまり意味などないのだろう。

 僕だけ意識するのもばからしい、気にしないようにしよう。

 ポップコーンをつまむ。いい感じに塩がきいていて美味しい。


 「まもなく、『鎖と異形の王』の開場時間になります。お手持ちのチケットを――」

 「あ、悠さん入場できるようですよ!行きましょう!」


 度会さんがそう言って歩き出す。

 僕の前を歩く彼女の耳が少し赤いような気がしたが、きっとテンションが上がっているのだろう。

 僕もドリンクをこぼさないように、少し早歩きで彼女を追う。

 昼前の早い時間帯の上映時間を選んだおかげで、あまり人は多くいなそうだ。

 予約した席の奥に僕が座り、通路側を度会さんが座る。

 2人の間にさっき買ったポップコーンを置く。


 「わぁ、想像していたとおりって感じです。いいですね、映画館」

 「まだ始まってないけどね」

 「雰囲気の話ですよ、雰囲気」


 ポップコーンを食べようと横を見ると度会さんがいる。

 映画は1人で見る派だったので、少し新鮮だ。

 少しすると部屋が暗転し、スクリーンが明るくなる。

 最新映画の予告が流れ始める。

 度会さんはもう画面に夢中になっている。

 ポップコーンに手を付けるそぶりはない。


 (これはポップコーン相当余るなぁ)


 カメラ頭の人間がパルクールしながら逃げる映像を見ながら、そんなしょうもない事を考えていた。

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