第15話 僕の夢を教えてくれ1
1学期も早いもので、一か月が過ぎようとしていた。
僕は相も変わらずに度会さんに振り回される日々だったが、持久走以降は特に問題も無く穏やかな毎日だった。
変わったことと言えば、伊集院さんが1年生の時よりも話しかけてくる頻度が増えた程度だ。
僕をどうしても陸上部に入れたいらしい。
「和知ー、陸部入ろうよー。一緒にインハイ目指そうよー」
「いや、間に合ってるんで大丈夫です」
「つれないなぁ、あとそろそろ敬語止めてよ、同じクラスメイトなんだからさ!」
こんな感じで朝や、暇なときに声をかけてくるのである。
断っても次の日にはけろっとした顔で誘ってくるのだ。
どうしたもんかと考えていると轟先生が教室に入ってくる。
ホームルームの時間になって伊集院さんから解放される。
「明日からゴールデンウィークが始まる。長い休みとなるがその分宿題や部活動も活発になるだろう。月末には中間テストもあるからな、あんまりだらけ過ぎるなよ」
クラスから歓喜の声と悲鳴が半々に上がる。
僕は運動部でもないし、宿題は毎日コツコツできるタイプの人間だから長期休みは単純に嬉しい。
久しぶりに1人でゆっくりできそうだ。
ホームルームが終わると同時にクラスが騒ぎ始める。
みんな、それぞれ休みの予定を決めているのだろう。
(度会さんが変な事を言う前に寝たふりでもしよう)
机に伏せて寝たフリをしたとき、肩を思いっきり揺らされる。
この力強さは度会さんではない。
「悠ー、休み中宿題するの手伝ってくれよー!」
加藤が泣きついてくる。
毎日勉強できる性格ではない加藤は、毎回長期休みに最後まで宿題をためてしまい泣きを見ている。
「自分で頑張れよ、そこまで困るほど多くないだろ」
「バイト多めに入れたから1人でやろうとすると時間が足らねぇんだ」
「自業自得だろ、頑張れ」
「頼むよ悠、この通り!」
パンと手を合わせて頭を下げる加藤。
見捨てたい気持ちもあるが、この様子だとアパートにまで突撃してきそうだ。
パーソナルスペースを侵されることを良しとしない僕にとっては由々しき事態だ。
「はぁ、空いてる日はいつだ? そこでパパっと終わらせよう」
「おぉ! やっぱり持つべきものは頭のいい友だな! 明日の土曜日で頼むわ。場所とか時間はあとで教えるからさ」
そういって加藤は去っていく。
まぁ、1日ぐらいなら付き合ってもいいか。僕も宿題をまとめて終わらせて、残りの日をゆっくり過ごそう。
僕の前の席に誰が座っていたか、この時は完全に頭から抜け落ちていた。
「おはようございます、悠さん。今日はよろしくお願いしますね」
「おっはー悠、今日はマジでありがとな」
約束の日、待ち合わせ場所のファミレスに行くと当たり前のように度会さんがいた。
僕と加藤の会話が耳に入ったのだろう、彼女がこの手のイベントをスルーするわけがなかった。
ただ、僕にとってもう1人予想外の人物がいた。
「度会さんがいるのはまぁ、分かるけど。なんで伊集院さんもいるの?」
「あぁ、俺が呼んだ。頭いいやつは多いに越したことはないからな」
「ふふん、和知、分からないことがあったらあたしに聞いていいからね」
「伊集院さん頭良いんだ......」
「学年で上から数えた方が速いよ!」
伊集院さんが勝ち誇った顔で僕に言う。
誘うなら前もって教えてほしい。てっきり加藤と2人きりで勉強すると思っていた。
4人席には既に3人座っており僕の分のドリンクバーも注文されていた。
諦めて加藤の横に座る。
「はぁ、ちゃっちゃとやって終わらせよう」
「おう期待してるぜ、みんな頼むわ」
「少しは自分で努力しろよ......?」
あまり長居するのも迷惑だと思い、話を早々に切り上げ宿題に取り掛かる。
国語の漢字練習や英単語のように毎日やる宿題は自分で頑張ってもらうとして、数学だけは終わらせることにした。
「数学だけ宿題プリント出し過ぎだよなぁ、他の教科の倍近くねぇか?」
「佐藤田さとうだが作ったらしいよ、俺らの時はもっと勉強してたーとか言って」
「あのジジィめ......」
加藤と伊集院さんの会話を聞き流しつつ、自分のプリントに取りかかる。
度会さんも黙々と筆を動かしている、止まることなく問題を解いているようで、数学は得意なのだろう。
伊集院さんも加藤と話しながら問題を解いている、彼女も意外に文武両道で頭が良い。
加藤だけがペン回ししながらプリントとにらめっこをしている。
こいつのペースにやらせると半日以上はかかりそうだ。
合間合間に様子を見て、横からとりあえず解き方だけ教えてやる。
「俺、別に大学行かねぇし、そんなに勉強する必要もねぇよなー」
1時間ぐらい経ったとき、加藤がそう漏らした。
その愚痴を皮切りに、皆も少し休憩することにしたようだ。
「勉強する癖をつけておくのは無駄にはならんだろ」
「でもよぉ、悠は俺の夢を知ってるだろ? 数学とか英語が役に立つと思うか?」
「できても困らないぐらいには役に立つんじゃないか?」
「加藤さんの夢って何ですか?」
「加藤バイトいっぱいしてるけどそれと関係あんのー?」
書きっぱなしで疲れたのか、手を揉みほぐしながら度会さんが質問をする。
横の伊集院さんは大きく伸びをしながら言ったせいで少し間の抜けた口調になる。
「俺は今働いてるラーメン屋継ぎてぇんだ、店長にお世話になってるから恩返ししてぇんだ」
「へぇ、素敵な夢ですね」
「だろぉ? 皆も時間あったら来てくれよ、うちのラーメンうまいからさ」
夢を語るときの加藤はいつも楽しそうに笑う。きっと充実した職場なのだろう。
「おまえらはさ、何か夢あんの?」
「あたしはスポーツインストラクター! ちゃんとした運動の楽しさを教えるんだ!」
「なんつーか、そのまんまだな。似合ってるけどよ」
「私は養護教諭、保健室の先生になりたいです。体が弱い生徒でも、学校に来やすい保健室を作りたいです」
「度会さん白衣似合いそうー! 絶対なれるよ!」
みんな、それぞれ将来の夢を語る。
明るく自分の理想像を語る姿は、僕にとって少しまぶしい。
「和知はどうなの?」
「僕はとくに決まってないかな......適当に大学進学して、公務員にでもなるんじゃないかな」
「ふーん、和知らしいっちゃ和知らしいか」
「それより、そろそろ休憩終わりにして続きやらないか?」
強引に話を打ち切ってプリントに向き合う。
僕にとって将来は明るいものではない。
加藤みたいにやりたいことがあるわけでもない。
伊集院さんや度会さんみたいになりたい姿があるわけでもない。
いつからか、自分が嫌な事から逃げる選択ばかりするようになっていた。
勉強もそうだ、落ちこぼれになりたくないからコツコツとやるだけだ。
昔はもっとやりたいことがハッキリしていたと思う。
(夢......ねぇな......考えるのも嫌だな、楽になりてぇな……)
はかどらない宿題の前に、ぼんやりと現実逃避を始める。
そのせいか、度会さんが心配そうにこちらを見つめていたことに、僕は気づかなかった。。
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