第7話 どうやら彼女はネーミングセンスがないようだ1
「和知、今日からお前個人の空き教室の使用を禁止する」
「悠さん、部活作りましょう! 部活!」
放課後の体育準備室で唐突に告げられた言葉に、声が出ない。
どうしてこうなったか、答えを探して僕の思考が1日を振り返り始める。
朝、目覚ましの音で目を覚ます。時刻は7時を表示している。
度会さんに振り回され疲れていたようだ、いつもより寝すぎてしまった。
朝のランニングをするには時間が遅い。
(午後に走ればいいか......今日は絶対に早めに帰ってこよう)
早朝起きれなかったときや、あまり朝から走る気分にならないときは学校から帰ってきて走るようにしている。
今から起きて学校に行くには早い時間だ。僕は炊飯器だけセットをして布団でゴロゴロと時間をつぶす。
今日から通常授業なのがめんどくさいなぁ、なんて思いながらスマホで動画を見る。
昨日は早く学校に着いてしまった、今日は時間ギリギリに着くようにしよう。
どうせ自分の席はまた人が集まっていて座れないのだ。
ぼんやりと動画を見ていると、そのまま二度寝してしまった。
(寝過ごした! やばいやばい走れ走れ!)
盛大に寝落ちしてしまった。
時間ギリギリどころか、学校に着いたときにはホームルームのチャイムが鳴っていた。
登校している生徒は見る限り僕しかいない。
遅刻をしてしまったことはどうしようもない、自分が二度寝したせいだ。
ただ、ホームルームをしている教室に入ることは相当嫌だった。
壇上の先生に向いてた視線が、遅刻してきた自分に集まる。
それだけは阻止しようと全力で家から走ってきたが、間に合わなかったようだ。
仕方がないと諦めて、覚悟を決め扉を開ける。
そこには轟先生の姿はなく、まだ席につかずクラスメイト同士で談笑している姿があった。
「悠が遅刻するなんて珍しいな、変な事でも起きるんじゃないか」
僕の姿に気が付いた加藤がからかってくる。
「轟先生がいないからまだホームルームは始まっていない。ということは、遅刻ではない」
「そういうの屁理屈っていうんだぜ」
「知らないな、それより轟先生はなんでいないんだ?」
加藤と話しながら自分の席に向かう。
そこには想像していた人の集まりはなく、度会さんの席には誰もいなかった。
「知らねー、度会も居ないからなんか話してて遅れてんじゃないか」
どうやら学校には来ているようだ、机にはカバンがかけてある。
病欠ではないようだ。
自分の席に着くそのタイミング。
「すまんすまん少し遅れた、ホームルーム始めるぞー」
轟先生が教室に入ってくる。その後ろには度会さんの姿もあった。
「おはようございます、悠さん、加藤さん」
「おはよう度会さん」
「おっはー、なんか轟先生とあったのか?」
「はい、実は――」
「加藤、早く席に付け、ホームルームが始められんだろう」
度会さんがなにか言いかけるが轟先生に遮られる。
「じゃ昼に教えてくれ」
加藤はそう言って席に戻る。
今日も空き教室で3人で食べることになるのだろうか。できれば1人でゆったりとしたいが。
「今日から通常授業だ、2年の授業は去年と比べて難しくなるからな。ちゃんと励めよ」
轟先生が話し始める。
3年生は受験や就職で忙しいだの、生徒会や部活の引継ぎの年であるだの、轟先生にしては真面目な話が続く。
クラスメイトが真剣に話を聞いている反面、僕はぼーっと空を見ていた。
僕にはあまり縁がない話だ。部活はやっていないし、生徒会は内申点狙いかやる気のある人が立候補するだろう。
そう思っていると先生の話が終わる。
「まぁ、頑張って楽しめる1年にしてくれ。あ、和知は放課後私のところに来い」
「え......」
「はい日直、号令して」
日直の挨拶が終わると、轟先生はそのまま教室を出て行ってしまった。
教室で皆がいる前で話せないことなのだろうか、何か知らない間に僕はやらかしてしまったのか。
不安の種は早めに解消したい性格なので、その呼び出しは僕を放課後まで悶々とさせた。
(そうだ、朝呼び出しを受けて轟先生のところに来たんだった。何故か度会さんもいるけど)
今日一日の回想から戻ってくる。結局、僕に思い当たることが無かった。
考えていても仕方がないので、正直にそのまま質問することにした。
「なんで空き教室の使用が禁止になるんですか?去年の夏に先生から許可をもらって、今までちゃんと掃除して使ってましたよ」
「それなんだがな、
佐藤田先生......同じ2学年のクラス担任の60歳くらいの先生だ。
比較的校則が緩いこの学校において、髪染めやピアス、ネックレスなどを自分基準で厳しく注意することで嫌われている。
堅物、オールドタイプなんて生徒からは陰口を叩かれているのを聞いたことがある。
他クラスの佐藤田先生と僕に接点はもちろんない。
「なんで佐藤田先生から苦情が来るんですか?」
「お前が空き教室を使っているの見ていてな、他の生徒と比べて特別扱いされてるんじゃないかと文句を言ってきているんだ」
「そんな......言いがかりじゃないですか」
「去年まではちゃんと掃除している旨を伝えたら不承不承ながらも聞き入れてくれたんだがな、また蒸し返してきやがった。2年生が好き勝手振舞っているように見えると1年生に悪影響だとか、自分のクラスの生徒だから甘やかしているんじゃないか、とな」
言いたいことはなんとなく理解できた。
確かに事情を知らない生徒から見たら、僕は勝手に空き教室を利用している不良に見えるのだろう。
僕が許されるなら、他の生徒も真似して利用してはいけない場所にたむろし始めるかもしれない。
トラブルになりそうな要因を解決しようと佐藤田先生が、担任の轟先生に苦言を呈すのも仕方がないのかもしれない。
「じゃあ、空き教室は明日から使えないんですね......」
僕は明日からどこで昼休みを過ごせばいいんだろうか、人気がなくゆったりと出来そうなスペースをまた探さないといけないのか、まだそんなところが残っているのだろうか。
僕が絶望していると、轟先生が引き出しから一枚の紙を取り出して僕に差し出す。
「早とちりするな、言っただろう。お前”個人”での使用を禁止すると」
紙を見ると、入部届と書いてある。
「今日度会から部活を作りたいと相談されてな、ちょうどこの問題の解決に使えると思ってな」
そういえば昨日部活見学の時、度会さんは確認したいことができたと言っていた。
どうやら部活に入るよりも。部活を作ることを選んだらしい。
度会さんがこの場所にいるのも、新しい部活を発足させる話のためだろう。
「つまりだ、新しい部活を作ってあの空き教室をお前たちの部室にしてしまえばいい。そうすれば和知が教室を使うことになんの問題も無い。部員が部室を使うことは当たり前だからな」
「でも部活として認められるのには、一定の人数が必要ですよね?自分と度会さんしか部員がいないと許可されない気がしますが」
「同好会なら3人からで作れる。もう一人分は度会が加藤に話をつけてくれている」
ひらひらと轟先生が別の紙を振る。
その紙には、少し汚い字で大きく加藤光とフルネームが記載されている。
度会さんの方を見るとえっへんと胸を張っている。
「お昼の時間に加藤さんには書いてもらいました。『悠のためならいいぜ』って言ってましたよ」
あいつ、本当に良いやつだな。
明日会ったら礼を言おう。
「そういうわけだ。あとは和知、お前が名前を書いて提出すれば全て解決。顧問は私が受けもとう」
「いいんですか?そこまでしてもらって」
「実はな、他の先生からたまに嫌味を言われるんだ。 『轟先生は顧問してないから時間があっていいですね』ってな、だから私のためでもある。気にするな」
そういって轟先生は笑ってくれる。
人の優しさって暖かいなぁ、少しは愛想良く生きる努力をしようかなぁ。
自分にしては珍しく明るい気分になる。
僕は感動と感謝を込めながら入部届に名前を書く。
それを見届けて度会さんが僕の手を取る。
「それでは今日から徘徊部として頑張っていきましょうね、悠さん!」
「え、なんて?」
「徘徊部です! 徘徊部!」
「じゃあ和知、今日から徘徊部の一員としてしっかり活動するんだぞ」
ぶんぶんと振られる僕の手が、この名前が夢ではないぞと痛みを伝えてくる。
どうして彼女はこの名前で、こんなにキラキラした目で僕に向けられるのだろう。
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