第2話 悪夢
「なにしにきた!」
「……」
「答えろ!っぎゃあっ!」
右手を切られた。
続けて左手。
「なにをする…」
「ふふっ…」
笑いを残して消えた。
前が暗くなっていく。
僕は小柄だから止血しても間に合わない。どんどん出血していく。
ああ、死ぬんだ
真っ暗になった。
「はっ!はっ、はあ…」
夢だった…
手を見るとしっかり付いている。よかった…
最近本当によくこのような夢を見る。
なぜだろう。
本当に行くしかないのだろうか。
あやかし探偵社へ。
「おはようございます〜…」
「おっ、香月。おはよう」
「相変わらずよく寝るのう」
「仕方がないですよ、昨日は遅くまで仕事してたんですから。」
「うん、おつかれ。朝ご飯できてるよ」
「「「「いただきます!」」」」
「ん〜、風雅のご飯は相変わらず美味いの〜」
「ありがとうございます、水月さん。今日は玉ねぎとわかめのお味噌汁、鰆の塩焼き、塩むすびです。」
「ん、いつもありがとうな。すごく美味いぜ」
「ありがとうございます、要さん。香月君も早く起きてご飯食べて下さい。」
「ん〜」
「まったく、仕方のないやつじゃの。」
「ふふっ」
「ははっ」
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「食器類はこっちに下さいねー」
「はーい」
水月と要は一人がけの2つのソファに向かい合って煙管を吸いながら腰掛けた。
「今は抱えている仕事もないし、のんびりできるな」
「本当にな」
「お茶淹れますねー」
「おー、ありがとう香月。覚醒したか。」
「はい、ご飯食べたら目が覚めました。」
「そりゃよかったの」
その時、ドアに取り付けてある鈴がちりん、と鳴った。
「あの…こんな早くにごめんなさい。いいですか?」
「ああ、お客様ですか。どうぞ。私は要、そこのは水月です。あちらは右から風雅、香月です」
「今日はどうされたかな?」
「僕は伊吹といいます。実は、最近毎日同じ悪夢を見るんです。これを友人に相談したらあやかし探偵社に相談したほうが良いと言われて此処に来た次第です。」
伊吹は15歳ほどの少年で、書生風の出で立ちをしていた。
「そうですか。確かに術にかかっているようですね。これ祓いますね。」
「あっはい……あっなんか肩が軽くなった気がします!」
「それは良かったです。また何かあったら来て下さい。」
「はい!」
「…あの男、3日ともたんな。」
「何がだ?」
「悪夢を見ない期間じゃ。」
「やはりか。術をかけている者をなんとかせねばずっと続くだろうな。」
「ううむ。そうだな。」
「風雅」
「はい。何でしょう。」
「いま来た少年の家に変装して潜入してくれないか?」
「は?なんで変装なんかするんです。別にしなくてもいい案件じゃないですか。」
「いやいや、暇つぶしだよ。飽きるだろ?別にしちゃいけないってわけじゃないし。」
「…わかりましたよ。なにするんです。」
「「女装」」
「…そうきましたか。」
「できるじゃろ?」
「まあ出来ますが。」
「じゃあ頼む」
「承知しました。一応大太刀は持っていきますね」
「うむ。」
「…あのー…。どちら様でございますか…?」
少々怯えながら伊吹が問いかけた。
「私は諷。この前あやかし探偵社に来たでしょう?私はあなたの護衛をしに来た。」
風雅…諷は黒地に椿の柄の着物に赤い帯をしめ、短い髪をどうやったのか長くして、後ろに一つに結んでいる。何より目立つのは背中の大太刀である。伊吹が怖がるのも無理はない。
「え?なんで?あやかしはもう祓ったんでしょう?」
「そうなんだけど、もともとの元凶が祓われてなかったようで。」
「んーと、つまり、また悪夢を見る可能性があるってこと?」
「うん。可能性ではなく10中10みる。」
「そ、そうですか。」
「うん。だから私が来た。」
「因果関係がわからない。」
「察しろ。あやかしの術がかからないようにするのと、この悪夢をあやかしにみさせるようにした人間を突き止める。」
「あ、なるほど。…ん?まって?僕が悪夢を見るようにした人がいるってこと?」
「そうだ。」
「なんで?僕なんかした?」
「私に聞くな。お前は何している?」
「え、君の話を聞いてる」
「そうじゃない。職業はなんだと聞いている。」
「ああ、そういうこと。僕は彫刻家だよ」
「彫刻家?」
「うん!これでも同期の中では一番うまいんだよ!」
「…それだよ」
「え?」
「こんな事もわからんのか。簡単なことだ。お前に嫉妬した誰かがあやかしの力を借りてお前に悪夢を見させるようにしたんだ。」
「え。そんな嫉妬されるようなことしてないんだけどな」
「人間はつまらないことでそんな負の感情が出る。全く浅はかで愚かな生き物よ」
「まるで君が人間じゃないような言い草だね。」
伊吹は苦笑して言った。
「は?私人間なんかじゃないが。みてわかるだろ」
「は?…はああっ!?」
諷は伊吹の驚きをなんともないようにして
「あ、そっか。いま角しまってるからわからんか。」
そういった途端、諷の額に漆黒の長く尖った一本角が生えた。
「ひいっ!鬼!」
諷は少々得意げに、
「そうだ。しかし、ただの鬼ではない。地獄の獄卒だ。」
「じゃ、じゃあ、探偵社の人達も鬼なの!?」
「そうだ。風雅は普通の獄卒、香月は150年ほど前に入った新入りの獄卒だ。それでもあやかし探偵社に入るぐらいだから相当強いが。ちなみに水月さんと要さんは地獄の獄卒全員でかかっても倒せん。」
「えええっ!?なんでじゃあ現世にいるのさ!?」
「お!ま!え!ら!が!弱すぎるから来てやってんだよ!精神を病んだだの、嫌われただの、そんなちっぽけな理由で自殺されてたまったもんじゃない。しかも、誰かに殺された?崖から落ちた?事故にあった?もっと護身術を会得するなり、気を払うなり、自分を守ったり、努力してみたらどうだ!なんでもかんでも周りのせいにするな!自分でどうにかしろ!その御蔭で、地獄はおおいそがしなんだよ!」
諷はわざと厭味ったらしく一音づつ区切っていった。その時、伊吹と同年代ほどの男が現れた。諷がいそいで角をしまったのは言うまでも無い。
「おーい!伊吹!」
「おっ!樂!」
樂とよばれた男は「こちらの女の子は?」と聞いてきた。
「ああ、この女の子は探偵社から来てくれた護衛の子の諷ちゃんだよ。信頼できる子だよ」
樂は諷にぐっと顔を近付け、こう言い放った。
「ふうん。こんな小さな女の子に護衛なんて務まるのかな?」
そういわれた途端、諷の雰囲気が変わった。
「ほう?なかなか言うではないか。ならば、手合わせをしてみるか?」
そう言いながら背中の大太刀に手をかけ、額に青筋を浮かべた諷を見て、樂は額に汗を浮かべながら焦ったように言った。
「そう怒んないでよ、諷さん…」
「分かればよい。」
伊吹が(おお、こわやこわや)と小声で言ったのを諷は無視している。
「では、そろそろ行こうか。」
伊吹が促し、三人はそれぞれのところに行った。
「うん、今日は特に何も起きなかったな。日中は」
「それってつまり、夜はまた悪夢を見るってこと…?」
伊吹が遠慮がちに問いかけると、諷の爆弾発言が伊吹を襲った。
「はあ?当たり前だろ。まだ元凶を殺ってないんだから」
「そんなあー…」
「我慢しろ。だが、今日の夢はちょっと仕様が違うとおもうがな」
諷は意味深にいった。
「ええ…なんかコワいんだが…」
「はっはっは。せいぜい頑張れ」
「ひどいぃ…」
「じゃ、私はこれで帰るな」
諷がサラッと言った。伊吹はあわてて言った。
「えっ!?夜もいてくれるんじゃないの!?」
「んなわけなかろう。上に今日の事を報告せねばならん。」
「…わかった」
「ま、せいぜい頑張れよー」
その日の夜、伊吹はまた夢を見ていた。
「何しに来た!」
「…」
「答えろ!」
その時。
「お〜っとそこまでだ、〝枕返し〟」
「そして人間よ。さっさとそこからのくのじゃ」
さあ、ここできたるは地獄最強の二人組、水月と要である。
そう言われて動いたのは伊吹だけではなかった。伊吹を襲おうとしていたモノが姿を現した。ソレは樂の顔をしていた。
「え…?樂…?」
「ああ。だが、樂そのものではなく樂の嫉妬心、憎悪などの集合体を枕返しが利用してお前の夢に出たんだろうな。」
「なんでそんなのが… 」
伊吹が唖然としていると、樂の姿をした枕返しが声のようなモノを発した。
「ごきげんよう、伊吹君。私は言われた通り、枕返しだ。君の友人の感情は利用しやすかったよ。お陰で楽しませてもらった。君の反応もなかなかに楽しめたy…」
突然、金属と金属の激しくぶつかる音が聞こえた。要が持っていた斧を振り下ろし、枕返しが持っていた仕込み杖で受けた音だった。要には赤黒く長い二本角が生え、顔の血管があちこち浮き出ていて、犬歯が鋭く伸びていた。瞳孔は猫のように長く血走っていた。
「楽しかっただと?ふざけるなよ。てめえはこいつに被害を与えたくせに、楽しかった?もう一度言う。ふざけんな。俺はてめえみてえなクズが何より嫌いなんだよ。血祭りにあげてやる。覚悟しろ。」
「ほほう?素晴らしい殺気だな、さすがは地獄の獄卒よ。しかし私の剣技では右に出るものなどおりはすまい。」
「随分強気だな、枕返し。てめえには俺の斧で十分だよ。」
要が斧をかまえ直し、枕返しに向かっていった。
「さて、こちらはこちらでやることをやらねばな。」
水月が未だに腰が抜けたままの伊吹に話しかけた。
「おい。お主、心当たりはあるかの?」
「え…っと、楓ちゃんが言うには僕の彫刻に対する嫉妬だって…」
「そうか。ではそれを思い浮かべながら目を閉じていよ。」
水月が印を組み、なにかを唱えた。それは低く、重々しく響いたが、なんと言っているのかはわからなかった。だが、『悪霊退散』的なことを言っているのだけはぼんやりとわかった。水月が唱えたとたん、伊吹の周りには光り輝く水のようなものができ、首の周りに集まって美しい首飾りができた。
「ふむ、これでもう悪夢を見ることはないじゃろう。」
「あ、ありがとうございます!」
「なんの。水木、終わったか?」
水月が水木に振り向きながら呼びかけた。
「おう、口程にもない奴だったよ。」
水木は黒い液体にまみれてニコニコと笑っていた。枕返しは消えてしまったらしい。
「お疲れ様です。」
「じゃあ行こうか。」
「うむ」
「ありがとうございました!」
夢の中から出た3人は伊吹の部屋で一服していた。
「いえいえ」
「なんの」
二人が煙管を吸いながら答えた。
「では、これから探偵社へ来ませんか?長く出張に出ていた社員が帰ってきているらしいので。」
要が伊吹に提案した。
「いいんですか?もう解決してもらったのに…」
「いえいえ、知り合いを家に呼んでもいいんですよ」
「ならば、お言葉に甘えて」
「おい、戻ったぞ」
「「「「おかえりなさい」」」」
香月と見知らぬ佳人が三人、挨拶をした。
「ただいま。というか、お前らのほうがおかえり。」
「「「はあい、只今戻りました。」」」
三人の娘が返事をした。
「じゃあ、この三人を紹介しよう。三人とも、並んでおくれ」
三人は伊吹たちに向かい合うようにして並んだ。
「じゃあ、一人ずつ自己紹介を。右からいこうか」
一番端の快活そうな16才ぐらいの、黒地に金銀の梅が咲いた着物に臙脂色の袴をはいて、臙脂色のリボンで現代でいうハーフアップのかたちに髪をくくった少女が黒の手袋をはめた手をあげた。
「はーい!はじめまして、梅子です!皆さんからはお梅ちゃんとか梅とかってよばれています。よろしく!」
「よろしくお願いします」
「こいつは猫又だ。怒らせるとひっかかれるから気をつけろ」
要が苦笑いをしながら言った。
「ちょっと!私そんな事しませんよ、私の逆鱗に触れない限り。あと、私それ言いたかったのに!」
「さ、次にいこう」
要は完璧に梅子を無視して話を続けた。伊吹はひたすら苦笑いをしていた。
「ちょっとちょっと、無視して進めないでください」
真ん中の長身で男の洋服を着、ひざうらまで伸びた深緑の髪を高い位置で朱の組紐でくくった美人が髪と同じ色の爪の手をすうっとあげた。
「はい、冬華です。よろしく。私は龍で、水系統の術が使えます。」
「冬華はこの中で一番年上で一番しっかりしてるから、なんかあったら聞くといい。さあ、最後だ」
「どうも、香月の姉です!地獄では獄卒をしています!私は式神がつかえます!よろしく!」
一番左の長い金髪をたらし、赤いいわゆる巫女服を着て、金の眼鏡をかけている二十歳ほどの女性が手をあげた。
「というわけだ、伊吹、これからもよろしくな」
要が伊吹に微笑みかけた。
「そうですよう、私たちに気軽に頼っていいですからね」
「はい、なにかあったらどうぞ」
「何かあったらって、冬華ちゃん、あなたちょっと冷たいんじゃないの?いつでも遊びに来ていいからね」
どうやら女子組は仲がとてもいいようで、会話が途切れない。
「ところで、水月は何処行った?さっきからあれの姿がみえないようだが。」
要が社員たちに問いかけた。
「水月さんならさきほど『酒飲んでくる』とおっしゃってでていきましたよ」
冬華が要に小首をかしげながら言った。
「は!?あんの野郎、勝手にいってんじゃねえよ!あと、冬華も、そういうのはすぐに言うこと!」
要がばたばたと事務所を飛び出していった。
「そうよ、要さんの言う通りだわ」
「そうは言っても梅さん、水月さんがだまってろって言っていたのですよね」
そんなわけで本日もあやかし探偵社は平和です。
こんごとも、 ぜひご贔屓に。
こんにちは、朱雀です。
今回はだいぶ長くなっていしまいごめんなさい。2つに分ければよかったなと今更ながら思っております。
さあ、三人新メンバーが増えました!これからメインキャラクターとして動いてもらいます!
そして、ここまで読んでくださった貴方に最大級の感謝を!
こんごとも、あやかし探偵社をぜひご贔屓に。
大正あやかし探偵社 朱雀 @yubeni
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