第7話 次の街へ
買ってきた魔素石膏で左手の傷も埋めた。アレシュとミレナは話し合って、ここから東の街、グリムズビーに向かうことにした。
乗り合い馬車を乗り継げば三日ほどで辿り着くはずだ。
「アレシュ、こっちですって」
ミレナが駅の場所を聞いてきてくれた。
「わあ……」
アレシュが馬車を近くで見たのは初めてだ。今まではごくまれに来るお客を遠くから見るくらいだった。アレシュは馬車の躯体や車輪を興味深げにじっくりと眺めた。馬も近くで見るのは初めてだ。つやつやの皮膚や長い足が物珍しい。
「坊主、乗るんかい?」
御者のおじさんに声をかけられて、アレシュはハッとして料金を払って乗り込んだ。馬車の中には大きな荷物を持った物売りらしき男、小さな男の子を連れた女性、年配の女性。それから男性が何名か。ひとり防具と剣を携えた男がいる。アレシュがじっとその男を見ていると、彼はニッと笑った。
「ぼうず。お使いか?」
「いえ。旅です。グリムズビーまで」
「そうか、大変だな。護衛はこの俺がしっかり務めるからな」
男は流れの冒険者のオリバーと名乗った。
「冒険者さんなんですね……!」
アレシュは冒険者が主役の物語を本で沢山読んできた。国からの密命で凶悪な敵と戦ったり、お姫様を助けたり。その話をすると、オリバーは照れくさそうに笑った。
「冒険者なんて登録さえすればすぐなれるし、なんでも屋みたいなものだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、だがそれなりに腕には覚えがある」
彼は剣術だけでなく、攻撃魔法も使えるとのことだった。
「乗り合い馬車には護衛がいるんですね」
「いつもじゃない。最近、休戦が解かれてあちこちで小競り合いがあるだろ。治安が悪くなってるんだ」
アレシュはこの国が戦争をしていることはなんとなく知っていたが、最近の事情は知らなかった。
(ちゃんとこういうの調べないと駄目だな……)
アレシュが反省している間に馬車は出発した。
「うわぁ……」
アレシュは窓の外を見て歓声を上げた。見る間にウェルシーの街が遠くなる。森の切れ間から遠くの山々が見える。アレシュは初めて見る光景に胸を躍らせた。
「アレシュ、あんまり乗り出すと危ないですよ」
ミレナが苦笑しながらアレシュの袖を引っ張る。
「まだ長いんですから」
今日は途中の村で降りる予定だ。宿屋があるそうなので、そこで一晩過ごしてまた馬車に乗って先へ向かう。それでもほぼほぼ丸一日馬車に乗りっぱなしになるのだ。
「お尻が痛いよ!」
乗客の男の子が泣き出した。無理もない。この馬車は最低限の作りで、ひどく揺れる。アレシュもさっきからお尻が痛くなっていた。
「あらあら……ちょっと待ってください」
ミレナが立ち上がって広範囲の回復魔法をかけた。すっとお尻の痛みが引いていく。
「ありがとうお姉ちゃん!」
「助かった」
乗客から感謝の声があがった。ミレナにお礼に、と果物やお菓子が差し出される。
「わ、私食べられないので……!」
ミレナが恐縮していると、物売りのおじさんが鞄を広げた。
「そしたら小物はどうだい」
「あら素敵ですね」
あれこれ取り出すおじさんの手元を見て、アレシュは急に思い出した。
「あっ、ミレナに櫛を買うの忘れてた……!」
「あらいいのよ。バタバタしていたし」
確かに街に行く予定は当初とは大きく変わっていたが、アレシュは自分の買い物に夢中になってすっかり忘れていた。恥ずかしくてアレシュは自分の顔をひっぱたいた。
「おじさん。この櫛ください」
「あげるよ。お礼に」
「いいんです。買わせてください」
クローバーの柄の描かれた櫛を、アレシュはおじさんから買った。
「ごめんね」
「ありがとう……大切にするね」
ミレナは嬉しそうに櫛を手提げ袋にしまった。
降車予定の村まであと少し。日が暮れ始め、少しあたりが暗くなってきた。
と、そこでオリバーが鋭い声を出した。
「前方に固まれ!」
「どうしたんです!?」
「……盗賊だ!」
馬車の後方から、馬に乗った一団が追いかけてくる。馬車はあっという間に囲まれ、動きを封じられてしまった。男たちは全部で五人ほど。馬上からギラリと刃物が光っている。
「じっとしてろよ!」
オリバーは馬車から降り、剣を構えた。たった一人、刃向かおうとするオリバーを見て、男たちの間からせせら笑うような声が漏れる。
「荷物をこちらに寄越せ! 女もだ!」
「させるか!」
オリバーは風の呪文を唱えた。激しい突風が盗賊たちを襲う。何人かが勢いで馬が転げ落ちた。
「うおおお!」
剣を振り上げ、オリバーは男たちに斬りかかった。盗賊たちも応戦し、斬り合いになる。
オリバーは一人の男とつばぜり合いをしながら、
「はあ……はあ……」
だが、残った男たちに囲まれ、一斉に攻撃を仕掛けられると、オリバーは劣勢となり魔法障壁を出してそれをしのぐのに精一杯となった。男たちは攻撃をやめない。オリバーの魔力が尽きれば自分たちの勝利だと確信しているのだ。
その時、鋭い音を立てて何かが男に突き刺さった。
「ぐ……う……」
ぐらりと男は馬上から転げ落ちる。残った二人は何があったのかと動揺して後ろを振り向いた。
「オリバーさんから離れろ!」
そこにはアレシュがいた。アレシュの手の指の先が一つ欠けている。アレシュは指先を鋭くとがらせ、風の魔法を纏わせて相手に打ち込んだのだ。
「消えろ!」
アレシュは男たちを睨み付けたが、まだ体も小さい少年を見てニヤニヤと笑うばかりだ。
「ぼうず、下がっていろ」
「そんな訳にはいきません!」
一応説得はしたものな、とアレシュは自分に言い聞かせ、手のひらを突き出した。
「オリバーさん離れて!」
途端、雷撃が盗賊たちを襲った。オリバーは少年に似合わぬ威力のその魔法に目を見開いた。
「これで大丈夫ですかね」
盗賊の男たちは皆倒れて動けなくなっていた。アレシュはもう大丈夫だと乗客たちに声をかける。乗り合い馬車の御者は大喜びでアレシュたちに感謝を示し、再び馬車を走らせはじめた。
「すごいな。ぼうずは才能ある魔法使いなんだな」
馬車に揺られながらオリバーがアレシュを褒めた。アレシュはうーん、と考えてから首を振る。
「多分魔法は人並みです。俺は錬金術師です」
「だがあの魔法はデカかったぞ」
「それはこれですね」
アレシュは手のひらをオリバーに見せた。そこには魔方陣が彫り込まれている。
「魔方陣で上位魔法を使いました」
「なんだこれ……」
「義手なんです。錬金術で変化させました」
アレシュはずっと、どうやったらエアハルトが死なずに済んだかを考えていた。アレシュがもっと早くあのホムンクルスを倒すことが出来たら。その為にはどうしたら。これはその一つの考えた末だった。
「へええ」
オリバーは自分も魔方陣の勉強をもっとちゃんとしよう、と言ってアレシュの手をくいいるように見つめていた。
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