第14話 日常へ

 長老の里からバスでフロッグに帰り、いつもの宿でイースとくつろいでいると、窓際に置いてあった無線機からアリサの声が聞こえてきた。

『リズにイース、今はどこ?』

 私は無線機を手に取り、トークボタンを押した。

「どうしたの。今はちょうど、フロッグの宿に帰ったところだけど」

 私は小さく欠伸した。

『そっか、近いな。ヘルプ。帰ってきたばかりで悪いけど、出くわした盗賊団がしぶとくてね。リズの攻撃魔法とイースの回復魔法が欲しい。もう、フロッグの入り口に迎えを寄越してあるから、宿まで行かせるよ。よろしく』

 アリサが一方的に告げた。

「ちょっと待ってよ。報酬は出るんだよね。こら、答えろ!」

 しかし、アリサはあっさり無視してくれた。

「ったく、いつもこれだ。イース、準備して」

 私は大きくため息を吐いた。

「はい、忙しいですね」

 イースが笑い、一度空間ポケットから荷物を取りだし、必要そうなものをピックアップしはじめた。

 私も最低限の装備だけして、残りは空間ポケットに放り込んだ。

「よし、行こうか」

 私はイースと一緒に部屋を出て、一階のまだ空いている酒場を抜け、出入り口から外に出ると、街道パトロールの紋章をつけた小形四輪車が止まっていた。

「ご協力感謝します。乗ってください」

 運転席に座ったままで、街道パトロールの制服を着た青年が敬礼した。

 本来は車から降りて敬礼だが、よほど急いでいるらしい。

「はいよ」

 私とイースが狭い荷台に飛び乗ると、サイレンなど鳴らしながら、青年が猛然と車を走らせ始めた。

 車は大通りを駆け抜け、あっという間にフロッグの街から街道に飛び出した。

「やれやれ、今度はなんだか…」

 私は荷台のあおりに背を預け、床に座って軍歌の鼻歌を歌っているイースに声をかけた。

「さて、わざわざヘルプを出すくらいですから、きっと劣勢なんでしょうね」

 イースがのんびり呟いた。

 まあ、例外はあるが基本的に盗賊の装備や練度は、街道パトロールのそれより劣る。

 しかし、数は圧倒的な力だ。どんなに練度が高くて性能が良くても、数の暴力には勝てない。

「それならそれで、フロッグに駐屯している陸軍に助けを求めればいいじゃん。まあ、仲が悪いし書類が面倒だけど」

 そう、これこそが街道パトロールがあたしたちのような冒険者を、積極的にヘルプに使うかという理由だ。

 同じような仕事をしているのに、日夜働く街道パトロールに対して、よほどの大事でもない限り出動しない陸軍を嫌う傾向がある。

 加えて連携した際の書類も面倒で、だったら腕に覚えがある冒険者を頼った方が早いし、報酬を支払うだけなので、面倒な手続きが不要という利点から、あたしたちはよくアリサの手助けをしていた。

「もうすぐです。隊長の元にお連れします」

 小一時間ほど街道を走ったところで、運転する青年が告げた。

「意外と街から近かったか。急いだ方がいいね」

 あたしは肩に提げていたAK-47を軽く叩いた。

 しばらくして、車が急に街道脇の草原地帯に入り、そのまま進んで行くと、仮設テントの下で、全体を指揮しているアリサが見えた。

「おう、きたな」

 アリサが笑った。

「ったく、帰ったばかりでこれだもん。で、どうなってるの?」

 テント下には折り畳み式のテーブルが並べられ、大きな地図が広げられていた。

「どうもこうもないよ。敵の数は約百くらいかな。大した武装はしていないんだけど、隊員のほとんどが別件で出動していて、こっちは二十名しかいないんだよ。ここは一つ、大規模破壊魔法で!」

 アリサが笑った。

「あのね、それじゃ味方までぶっ飛ばしちゃうし、どこを撃てばいいか分からん。もうちょっと、丁寧に説明してよ」

 あたしは苦笑した。

「はいはい、敵は草原中に散らばってゲリラ的に攻撃してくるから、この人数じゃ難しくてね。被害も出てるし、これはマズいって呼んだんだ。なんとか、なりそう?」

 アリサが地図を指さしながら問いかけてきた。

「そうだね…。ちょっと待って」

 あたしは精度がやや落ちるが効果範囲が広い、広域探査魔法を使った。

 それを地図上に重ねて投写すると、人の配置がはっきり分かった。

「戦闘範囲は直径約六百メートルくらいに広がっているみたいだね。アリサ、どの反応が敵か分からないから、味方を後退させて。これなら、大規模魔法はいらないよ。後退の援護をする」

 あたしは呪文を唱え、アリサが無線で草原に散った味方に退がるように命令を出した。

「ファイア・レイン」

 あたしが天に向かって掲げた両手の平に巨大な火球が生まれ、戦闘が行われている地域に向かって飛んでいった。

 これは、見た目は凄いが殺傷力はない、見かけ倒しの魔法だ。

 しかし、これで敵がビビってくれれば、撤退行動の助けになるだろう。

「いくよ」

 戦場のど真ん中上空に達した火球が、あたしのコントロールで爆音とともにはじけ飛び、見た目はなんだか熱そうな火の雨が降り注いだ。

「おお、派手にやったね!」

 アリサが笑った。

「まずは、見た目だけね。味方の退避が終わったら教えて。こういう時に、最適な攻撃魔法があるから」

 私は笑った。

「了解。イースは、ここまで帰ってきた隊員の手当をお願い。誰も回復魔法の使い手がいないから」

 アリサが無線であちこち話しながら、私の隣にいたイースに指示を出した。

「癒やし手がいなかったのですね。分かりました」

 イースが私の隣から別の仮設テントに移動して、寝かされていた隊員たちの手当を始めた。

「で、リズ。そろそろ、判別出来るようになった?」

 アリサがあたしの魔法で映された、地図上の点をトントン指で叩いた。

「まあ、大体。退くとなれば退くのが速いね。慌てて追い始めたのが盗賊か。全員で百二十名ね。了解」

 私は呪文を唱えた。

「ファイアロー」

 瞬間、仮設テントの前に物凄まじい数の炎の矢が現れ、空に向かって飛んでいった。

 地図上を見ると、敵と判定した点に向かって、黄色いラインで炎の矢が向かっているのが分かる。

 放った炎の矢は千二十本。どれもが、当たったら火傷では済まない熱量を持っている。

「ちょっと、オーバーキルだったかな。まあ、盗賊にあったら、問答無用で皆殺しが法だし、問題ないか」

あたしは笑った。

「そんな法あったかな。まあ、異論はないけど」

 アリサが笑った。

 盗賊団に出遭ったら、そこで倒しておかないと別の誰かを襲う。

 その繰り返しで、調子に乗って厄介な事件を引き起こすので、見たらブチッと退治しておくのが正解である。

 そんな事をいっているうちに、遠くから次々と爆煙が上がり、地図上の点が急速に減っていった。

「今さら逃げようとしてる感じだね。もう遅いけど。アリサ、殺してはいないから、多量ゲットのチャンスだよ。下げておいた隊員を向かわせて」

 あたしは笑みを浮かべ、アリサが肉食獣のような顔で笑みを浮かべた。

「うぉら、野郎ども。確保!!!」

 アリサが無線のマイクに声を叩き付けると、退避していた隊員の点が素早く動き始めた。

 これで、自分たちが逮捕したという報告ができるだろう。

 アリサも中間管理職なので、なにかと大変だそうで…。

「さてさて、どうせ今回も金貨二枚でしょ。休みたいから、さっさと報酬くれ」

 私は笑った。


 行きと同じ青年が運転する車でフロッグの宿に戻ると、今度こそなにもないだろうなと思いつつ、あたしは自分のベッドに座った。

「イース、相変わらずマメだねぇ。もう洗濯の用意してるし」

 イースがせっせと籠に空間ポケットから服を放り込んでいた。

「溜まってしまうと大変ですからね。ついでにリズの服も洗濯します。効率がいいですからね」

 イースが笑った。

「それは助かる。待って、えっと…」

 あたしは溜まっていた洗濯物をイースの籠にポンポン放り込んだ。

「それにしても、相変わらず下着の色が微妙ですね。正直、キモいです」

 イースが笑った。

「いいじゃん、誰に見せる予定もなし。ってか、イースってきわどいラインじゃん。人のことは言えないでしょ」

 あたしは苦笑した。

「はい、いいんです。見るのはリズくらいですから」

 イースが笑い…二人でため息を吐いた。

「…いい男いないね」

「…はい、いないですね」

 あたしとイースはまた同時にため息を吐いた。

「…この前、猛烈にアピールされていましたよね」

 イースがため息を吐いた。

「バカ野郎、あれはゴブリンでしかもメスだ。欠片も嬉しくない」

 あたしはさらに深いため息を吐いた。

「私たち、男なんていらないですよね。邪魔です」

 イースが洗濯物を詰め込んだ籠を背負い、なんか勇ましい軍歌でも流れそうな勢いで部屋の扉を開け、部屋から出ていった。

 この宿の近くにはコインランドリーがあり、いつもお世話になっている。

「はぁ、なんだかんだで、あたしとイースでバランスが取れているんだよね。ここに男なんてぶち込んだら、総崩れで終わっちゃうな」

 あたしは苦笑した。


 洗濯からイースが帰ってくると、それぞれ自分の服を畳んで空間ポケットに戻し、アリサの緊急呼び出しでおあずけを食っていた晩メシを食いに、いつもの酒場に繰り出した。

 一通り腹を満たしたあと、あたしたちは依頼掲示板を見にいった。

「うーん、特にこれといった依頼はないか。まあ、平和でいいことだ」

 実のところ、冒険者にとって平和だと困ってしまうので、ここはどう思っていいか複雑だが、常に薬草摘みとか畑を荒らすイノシシを追い払えとか、内容を選ばなければ日銭を稼ぐ程度の仕事ならある。

「さて、どうしたもんだか。イース、久々に薬草採取やる?」

 あたしは笑った。

「それもですね。特にこの時期は雪が降る間近なので、必要な薬草を採取しておく必要があります。喜ばれますよ」

 イースが笑みを浮かべた。

「そっか、じゃあどうしようかな…」

 当然ながら、薬草採取といっても種類があり、難易度もそれぞれだ。

「リズ、私に任せて下さい」

 イースが掲示板にある依頼書をペリペリ剥がしていき、六枚ほど溜まった所でカウンターのオヤジに手渡した。

 オヤジが依頼書に目を通し、受諾のサインを求めてきた。

「なに、厳しくなったの?」

 依頼書にあたしとイースのサインを書きながら、オヤジに声をかけた。

「最近、不慣れな冒険者どもが失敗する件が多くてな。見合った腕の持ち主を俺が見分けて、仕事の斡旋している。この程度なら、お前たちには散歩みたいなもんだろ」

 オヤジがニカッと笑みを浮かべ、ビールのジョッキを目の前のカウンターに置いた。

「常連様サービスだ。それ飲んで早く寝ろ。どうせ、明日も早起きなんだろ」

 オヤジが笑った。

 確かに、夜明け頃にしか咲かない花の採取もあった。

 幸い、このフロッグから近いが、それでも深夜出発になるだろう。

「よし、イース。さっさと飲んでさっさと寝よう。全く、なんでこんな薬草を選んだのやら」

 あたしは苦笑した。

「それ、薬草採取の中でも、難易度が高いんです。ツルベラといって、これから流行る風邪の症状を和らげる効果があります。需要と供給がアンバランスなので、報酬も高めなんですよ」

 イースが笑った。

「そうなんだ。あたしはあまり薬草に詳しくないからなぁ。まあ、イース先生にお任せしよう」

 あたしは笑った。

 こうして、エルフの里で気分転換したあたしは、イース共に再び日常に戻ったのだった。

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