都月君の章
プロローグ
物々しい音の群れに纏わりつかれ、暗がりを裸足で引きずった。後ろ手に縛られるのも、自慢じゃないがこなれてきた印象であった。見ずとも肌で分かる太く粗い縄目は、彼女にとってみれば抜けてくれといわれているようなものだった。そもそも縄抜けは彼女の得意とするところ。だが余計な探りを入れられては面倒だ。ここで抵抗しては、怪しさは増すばかり。
二人がかりで乗せられた砂鯨の上からメルセゲルはそっと覗き込む。かなりの速度だ、簡単には帰らせてもらえないかもしれない。
深い砂をかき分けて、砂鯨は夜の砂漠を進む。
「セプデト様」
側仕えが気遣わしげに囁いた。小姓であれば何もできまいと、護衛兵アムの代わりに伴を許されたのだ。未成年でありながらメルセゲルよりも大きな彼は、これでもかというほど身体を丸めて縮こまり、呼びかけたはいいものの二の句をどう継ぐか迷っている様子であった。
メルセゲルは側仕えの口にした名を吐息でなぞった。
王妃セプデト。暁光の都において、メルセゲルを形容する言葉だ。
数奇な運びによって手に入った地位はしかし今まさに、砂粒となって崩れ落ちようとしている。権力に執着はない、ただなんとなく惜しいように思った。その理由を探るにはここは少々場違いだということを、メルセゲルは知っている。
「ヘウ」
この状況下で唯一の味方である彼に、メルセゲルは頭を下げた。
「面倒を、かける」
「そんな…畏れ多い…私どもがセプデト様のお力になるのは当然のこと」
都を窺う彼を仰ぎ、背後の王宮殿をじっと見据える。
「どこへ、行くのでしょう」
「西だ」
「お心当たりが?」
メルセゲルが頭上を指すと、彼はあどけない表情で驚きを露わにする。
「ふふ、セプデト様らしい」
砂鯨は滑らかに砂漠を進んでいき、切った風が髪を散らした。縛られたメルセゲルは柔らかな四肢を活かして空を見上げた。背後では暁光の都が星の一つのように小さくなって、ヘウの瞳に微かな光を映していた。
「明けの王の本来の治権域…周辺の
それが誰を指しているかは明白だった。
ヘウがひっそり息を呑む。
「まさか」
「あれ、知らなかったのか」
「彼女がこんなことをしても我らが王が許さないでしょう」
「許すかどうかじゃない、彼女にとっての問題は」
メルセゲルが続けるより早く、砂鯨の速度が緩やかになった。灯りのないまま夜目を凝らした二人は、一行が集落に到着したようだということに考え至る。砂鯨はひときわ大きな影を目指した。神殿にも見えるその中へ。
「ネブラトゥム」
人知れずメルセゲルは明けの王の名を口ずさむ。それから星空に視線を投げかけようとして……思いきり下瞼を引き攣らせた。
「ああクソ、天井だ」
メルセゲルは瞬いて 山城渉 @yamagiwa_taru
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