6

 お堂の中はじんわりと暑い。サウナとまではいかないが、快適には程遠かった。それでも外と比べると格段に温度が低く感じられた。壁側に沿うように突然灯った何十本、いや何百本もの蝋燭に囲まれ、公威きみたけは何も言えずにいた。

「ま、冗談だけどな。阿部定ちゃんだって、好きでもない男のチンポなんてちょん切らんわな」

「……いったい何を」

「ここは結界——というほど立派なシロモノじゃないから、まあ簡易結界ってところか。外からの情報を遮断している。光や音も含めて。まあ、母親の胎内に還ったとでも思ってもらえばいい」

「俺に何をしようと?」

「あんたには夢を見てもらう。一時間や二時間じゃない、数日単位でだ」

「え。さっき飛鳥の言ってた一週間って」

「いやいや。本気にすんな、あいつのジョークわかりづらいだけだ」

 暗さに慣れてきたのか蓮の表情も幾分かわかるようになっていた。揺らめく光源のせいか、少し悪魔的に見えないこともなかったが、おそらく苦笑しているのだろう。

「早けりゃ三日、遅くても五日はかからないんじゃないかな」

「なぜ夢なんて見せようと……」

「こうなってしまった分岐点まで戻ってもらい、物事を正すためだよ。あんた、シロ子に初めて会ったとき、どう思った?」

「どうって」

 特に何も感じなかった。運命的な出会いどころか、そもそも興味なんて微塵も——

(俺はいつシロ子に惚れたんだ……?)

「あんたは改変されちまったんだよ、自分でも気づかないうちに」

「俺は怪しげな術でシロ子に恋させられた……?」

「いや、それは違う。彼女があんたにかけたのはもっと根源的な呪いだ。その呪いの副作用が、今回の事件を引き起こした」

「呪いの副作用……?」

「ああ。あんたがヤッた女は、死ぬ。それが呪いの副作用だ」

 公威には朧な明かりに照らされる蓮の姿がぐにゃりと歪んで見えた。息苦しい。俺は一体何を聞かされているんだ……。

「反テン術式、吾為流転ごいるてん。それがあんたにかけられた術の名だ。本来男しか愛せない魂の形を、アレは一気に捻じ曲げやがったんだ」

 パン、と蓮が手を叩いた。合掌の形。おもむろにその手を開いていき、右と左に分かれた掌を上に、天秤の形になった。

「ビート、マーブル、こっちゃ来い」

 気のせいだろうか、蓮の両掌に何かチラチラとノイズのようなものが見える。片方は白っぽく、片方は黒っぽい。だが蝋燭の光量では明瞭はっきりとはわからない。

 再びの柏手かしわで

「これが俺のメドローアだ!」

「…………」

「あ、いまの笑うところだよ?」

 本人は特に笑いもせず言って、今度は手の内にある大事なものを確認するかのようにゆっくりと開いていき、両手でうやうやしく何かを捧げるような形になった。

 蓮の掌の上に立つモノが、公威にもはっきりと視えた。

 フェレットか何かのような、灰色の生物——

 シャッ、とそれが叫んで、公威に飛びかかった。反射的に顔を腕で覆ったが、その瞬間、意識が途切れた。

 いや、始まった。

 存在した記憶。

 夢となって上映される、過去の記憶の開演だった。

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