第12話 やきもち

 

 学園祭が終わり、鮮やかな赤や黄色に染まった紅葉がポミエス学園を彩る頃には、メルヘンチックなカフェテリアにライアン王子とアンナ様がいるのが日常の風景になっていた。


 いつものように魔術の授業前に職員室に行くと、アレックス様とアンナ様がとても難しそうな魔術式について熱心に語り合っている。

 職員室の入り口で美男美女の虎獣人の2人に見惚れていると、わたしに気づいて話を切り上げたアレックス様とアンナ様がこちらにやってきた。


「ソフィア様、ごきげんよう。アレックス先生の説明がすごくわかりやすくて、ついつい話してしまってごめんなさいね。アレックス先生、また放課後にお願いします」


 華やかに笑うアンナ様は薔薇の香りが漂っていて、立ち去る後ろ姿まで優雅で美しい。

 こんなに聖女みたいな人を見かけたら王子もひと目惚れするのも当然だと思いながら、うっとりつぶやく。


「アンナ様は、本当に聖女様みたいに美しいですよね……」


 騎士の訓練で怪我をした王子をアンナ様が光の魔術で癒す姿は、聖女そのものだと言われている。


「ライアン王子とアンナ様は、ロマンス小説に出てくる王子様と聖女様みたいですてきですよね」

「そうなんだね」

「ライアン王子は、アンナ様に騎士の誓いをするために鍛錬をすごく頑張っているみたいですよ」

「そうなんだね」

「ライアン王子は、アンナ様といつも一緒にいたくて空き時間のすべてを使ってカフェテリアで待っているなんて、すごく愛を感じますよね」

「そうなんだね」


 うっとり瞳をつむり両手を組みあわせて、ほお、と息をもらすとアレックス様がものすごく近くに迫っていて心臓が大きく跳ね上がった。


「ソフィーは、ライアン王子に興味があるのかな?」


 にっこり深い笑みを浮かべたアレックス様の質問に思わず首をこてりと傾げる。


「えっ、ロマンス小説みたいなので2人の恋は気になるけど、ライアン王子は特に――…あっ、でも、ひとつだけ、……っ!」


 気づいたらなぜか壁に背中がどんっとぶつかっている。

 アレックス様が肘を壁につき、わたしを離さないように囲っていて端正な顔はくっつきそうなくらい近い。熱を帯びている瞳から視線を逸らせなくて、体温が一気に上がるのがわかった。


「ソフィーは、王子のどこが気になるのかな?」

「あ、えっと、……お、王子がアンナ様を待っているカフェテリアのテラス席は、いつもエミリーとクロエと集まっていたお気に入りで、テラス席は魔術科が見えるから、もしかしたらアレク様が見えるかなって、いつも思ってて、だからあそこにずっと通っていて、あっ、あの、……今のは忘れてください……」


 アレックス様の熱を持つまなざしに心臓がどきどき早鐘を打ちすぎて、言わなくていいことまで口走ったことに気づく。


 いつもアレックス様を探していることをうっかり告白してしまった恥ずかしさに、たれ耳がぷるぷる震える。うさぎらしく脱兎のごとく逃げたいのにアレックス様に捕らわれてどこにも行けなくて、どうしたらいいのか本当にわからなくなって目の前にいるアレックス様にぎゅうっと抱きついた。

 アレックス様の広い胸にたれ耳をぐりぐりこすりつけて羞恥を紛らわす。


「ソフィー、ちょっと待って……。僕の婚約者が本当にかわいすぎる……」


 安心させるように大きな手でたれ耳をやさしく撫でられて、おずおず顔を上げた途端にあごをくいっと持ち上げられる。


「ソフィー、これからも僕だけを見ててね」


 まっすぐにふたつの黒眼で見つめられ、かすかにうなずくと甘いキスが降ってきた。


 アレックス様に魔術科の見えるカフェテリアのことを話してからライアン王子をメルヘンチックなカフェテリアで見ることはなくなった。



 ◇◇◇



 冬の足音がどんどん近づいてきても、いつものように魔術の授業前に職員室を訪れる。


「っ……」


 いつものようにアレックス様とアンナ様が熱心に魔術について語り合っていた。いつもと同じ美男美女が並ぶ光景なのに心臓がちくちく痛む。

 ライアン王子がメルヘンチックなカフェテリアに現れなくなってからアンナ様と一緒にいるところをまったく見かけないので不仲や破局など色々な噂が流れていた。


 お似合いすぎる美男美女に、たれ耳がぺったんと垂れさがっているとアンナ様からにこやか話しかけられる。


「ソフィア様、ごきげんよう。アレックス先生の話が興味深くて時間を忘れて話し込んでしまって……。それではアレックス先生、今日の放課後もお願いします」


 薔薇の香りを残して軽やかに立ち去ったアンナ様が今日も美しすぎて、たれ耳がぺたたんと下がった。アレックス様は先生だから生徒と話すことは仕方ないのに、アンナ様のことがどうしても頭にちらついてしまう。

 廊下を歩きながら、たれ耳をすんっと伸ばして、できるだけなんでもないように口をひらく。


「アレックス先生は、アンナ様をどう思っていますか?」

「アンナ嬢ですか? そうですね、アンナ嬢は目標に向かって頑張っているので応援していますよ」

「……そうなんだ」


 すごく嬉しそうに答えるアレックス様を見たら、胸の奥でもやもやが広がってしまう。階段の踊り場で立ち止まったわたしの膨らんだ頬をアレックス様の両手が包みこみ上を向くように動かされた。


「ソフィー、これは、やきもちを妬いてくれていると思っていいのかな?」

「――――っ!」


 甘い笑顔を浮かべたアレックス様にじっと見つめられるとじわじわ頬に熱がたまっていく。


「それとも、僕の気のせいだったかな?」

「う、ううん……。き、気のせいじゃない……」

「うん、ソフィーは素直でかわいくて、かわいいね」


 アレックス様の醸し出す甘い予感にあわてて腕の中をすり抜ける。階段を数段あがって振り向くといつもは見上げているアレックス様の凛々しい顔がすごく近くにあって心臓がどきんと跳ねた。


「あ、あの、アレク様、目をつむってくれる……?」


 真っ赤なわたしの顔が映る黒い瞳をとじたアレックス様の肩に手を置いてゆっくり顔を近づける。


「あのね、アレク様、……すき」


 アレックス様にわたしの唇をそっと重ねる。ふれた体温から好きがとけあっていく。

 やきもちに膨らんだわたしの気持ちは、アレックス様と触れあっていたら甘くしぼんで蕩けて消えた。

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