Day30 色相
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日記をつけるのはもうおしまいにする。窓の外を何かが通った時間なんて、もう記録なんかする意味がない。目に見えるものがすべてではない。一階からぞろぞろと何かが階段を昇ってくる気配がする。見えないけれどわかっている。もう何日も部屋から出ていない。最後に自分の意志で風呂に入ったのは? 自分の用意した食事をとったのは? いつだったか覚えていない。隣人が何度も訪ねてくる。彼女はいつも楽しそうだ。なにがあんなに楽しいのだろう? 辛いことなんか一つもないような顔をして、いつも目がチカチカしそうな、カラフルな服を着ている。彼女がいると色相図を思い出す。子供の描く虹の絵を思い出す。子供。ほなみはどうしただろう。最近見ていない。逃げてしまったのかもしれないし、この部屋を取り囲んでいるのと同じようなものになってしまって私には見分けがつかないのかもしれない。目に見えるものがすべてではない。窓の外に三人立っている。時間なんてメモしても無意味だ。だってもうここはあのアパートではないし、それに誰かが常に覗いている。掃き出し窓からも視線を感じる。ベランダに黒い人影がいくつも立っている。もう部屋の中に入ってきている。部屋の中でいくつも足音がする。近所迷惑になるからやめてほしい。ここはサマーブルーム境町ではない。あのアパートはもう存在しない。親に引きずりだされて無理やり実家に戻されたのに、いつのまにかこの部屋もあそこと同じことになっている。窓の外に誰かが立っている。見える。でも目に見えるものだけがすべてではない。もっともっとたくさんいる。
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