Day23 ストロー

「あっ、204のお兄さん」


 部屋を出たところで、突然声をかけられた。

 見ると、202号室の住人が立っている。何度か見かけたことがある若い女の子だ。

「203号室で何やってたんですか? 空き巣ですか?」

 そう言って、コロコロと笑う。

「違うって。人聞きが悪いなぁ」

 そう返しながら、違和感を覚えた。

 彼女、こんなノリだったろうか? もっと暗くて物静かな雰囲気の子じゃなかっただろうか。

 態度だけじゃなく、ファッションも違う。珍しく黒髪をアップにし、蛍光色のTシャツを着ている。手にはなんとかフラペチーノのでかい容器を持っていて、それもなんだかイメージに合わない。

 とりあえず、俺は空き巣ではないと明らかにしておかねば。

「203号室の人が引っ越すんだけど、おばけが怖いんで入れないんだって。で、頼まれたものを取りに来た」

 頼まれたときには(財布だの通帳だの、よくもまぁただの隣人に託すな……)と思いはしたが、このアパートに関して言えば、「おばけが出る」とわかっている住人に頼むのがベストなのかもしれない。実際、おれは事あるごとに視界の隅に映り込む青いワンピースに気づいたときも、パニックになることはなかったわけだし。

「えーっ、引っ越しちゃうんですかぁ。残念、優しいお姉さんだったのになー」

「そうだね……あのさ」と、こうなったらストレートに聞いてみることにする。「きみ、なんか今日雰囲気違わない?」

「そうですか?」

「いや、なんとなく」

「そうかも! 実はあたし、しんどいこと全部出しちゃったんですよぉー」

 202号室の住人はそう言うと、また笑った。

「出しちゃった?」

「出してもらったっていうかなぁ。ちゅーって吸い出してもらったんです。ちゅーって」

 そういうと、彼女は持っていたカップを見せつけるように掲げ、ストローを唇に挟んで甘そうな液体を吸い上げた。

「出してもらったって……何に?」

「あははは!」

 一際高い笑い声をあげると、彼女はなぜか201号室のドアを開け、バタンという音と共に姿を消した。

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