Day.18またねって、オレは笑顔で言えてただろうか
「どしたの、そんなにしおれて」
バイトを終えて帰ると、家の前で幼馴染の一ノ瀬孝二と鉢合わせた。
コウはびっくりするくらいしょげていて、風が吹いたらしなしなとどこかへ飛ばされてしまいそうだ。
もしくは顔が濡れたアンパ⚪︎マンとか。
「トッキー。ん、なんでもない」
「いやいやいや、なんでもない奴はそんなしおれないんだわ。しょうがないなー!!!」
わざとでっかい声を出してコウを自宅に引きずり込む。
玄関で荷物を投げ出していると母親と姉が野次馬に来た。
「なんか食うもんある?」
「はいはい。コウちゃんの好きなゴーヤチャンプル残ってるわよ」
「それ、オレの夕飯……」
「あはは、コウはでっかくなったね。まだ私と結婚する気あるう?」
「バカ、絡むな、酔っ払い!!」
酒臭い姉を追い払い、コウをダイニングに引っ張っていくと夕飯が三人分並べられていた。
「多くない?」
「お父さんがそろそろお風呂から上がるのよ」
「あの、すみません、いきなり」
「あらあらいいのよ。タカちゃんにはわたしから連絡しておきますからね」
タカちゃんとはコウの母親で、うちの母親の昔からの友人らしい。
オレも子供の頃はたまにコウの家でこんな感じで夕飯食ったり泊まったりしていたので、今日みたいにオレがコウを連れ込んでも家族はなにも言わないのだ。
「お、コウくん。久しぶりだねえ。大きくなっちゃって」
「お邪魔してます」
風呂から出てきた親父もこの通り、親戚のおっさん状態である。
「コウくんお酒飲める? うちのはまだ未成年だからなあ」
「私がいますよお」
「お前は酔い方が可愛くないから控えなさいよ」
「ひどい〜」
姉と親父が茶番をやっているのを無視して飯を食う。
漬物とサラダも全部ゴーヤじゃん。
ちなみに親父は姉に弱いので、家にあるビールの八割は姉に飲まれてる。
「うまい」
コウは腹にものを入れてちょっと元気になったらしい。
うちに連れ込んだ時より背中がまっすぐになってきた。
「全部ゴーヤだけどな」
「俺ゴーヤ好きだよ」
「知ってる」
「好きなだけじゃうまくいかねえんだよな」
「それも知ってる」
ちょっと震えるコウにサラダを足してやりつつ、味噌汁を飲んだ。
苦いんだが?
「またゴーヤ」
「いっぱいできちゃって。あ、コウちゃんよかったら持って帰ってね」
「ゴーヤって自分で作れるんすか」
「簡単よ。節電のためのグリーンカーテンを今年はゴーヤにしたらびっくりするくらい実が生ってね。去年のキュウリとオクラはここまでじゃなかったのだけど」
「ゴーヤはおつまみにいいよねえ」
姉はオレの皿から勝手にゴーヤを摘んでいる。
いいんですけどね。いいかげん口の中が苦いから。
……原因はゴーヤだけじゃないんだけど。
「ありがとうございます」
「コウちゃんはこの後どうする? 泊まっていく?」
「今日は帰ります。ごちそう様でした」
結構たくさん盛られていた皿はいつの間にかきれいになっていて、コウの顔色もだいぶ良くなっていた。
本当は引き留めたかったけど、口実が何にも思いつかなかったので黙って玄関まで着いていく。
「ありがとね、トッキー」
「ん。あ、オレも外まで行くわ」
「いいよ、ここで」
「蚊取り線香つけるからさ」
やっと思いついた情けない言い訳をしてコウと共に外に出た。
しんなりした梅雨終わりの空気は湿っているけどその分涼しさもあって気持ちがいい。
「俺も帰ったらつけよ」
「そうしなよ。寝てるときに蚊がいるとうざってえしさ」
「トッキー」
「うん」
「もうダメなんかね」
「それを決めるのはオレじゃねえよ」
「そうだね。トッキーは優しいね」
「優しくないよ。ただのヘタレ野郎だよ」
顔を上げることができなくて蚊取り線香を見つめていた。
細い細い煙がゆるゆると上がっていく。
やがてたち消えていくそれのように、きっとどっちの思いもどこにもいきつかないんだろう。
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