Day.6少しでも彼女と一緒にいたかった

 大学に入ってゼミの新入生歓迎会で隣の席にいた女の子は、話す度にキラキラ輝くようで、まるで宝石みたいだったのだ。


「はじめまして、最上初です」


「は、はじめまして、一ノ瀬孝二です」


 その子の声は透き通るように美しくて、耳が浄化されたような気がした。

 これが一目惚れってやつなのだろう。

 それからもその子に会うたびに浄化されるような、でも喉から手が出そうな欲に駆られたり、お腹の奥が熱くなったりと自分が自分じゃないみたいに俺はしっちゃかめっちゃかな気持ちになった。


 ある時、初が宝石を食べていて、やっぱり綺麗な子は綺麗なものを食べるんだなとやけに感心した覚えがある。

 その後それは琥珀糖というお菓子だと知ったけど、初は宝石を食べて生きてるんだと、俺は未だに信じていた。



「コウ、トッキー、おはよ」


「はよ」


「うーっす」


 トッキーは宝石のきらめきに気づくこともなく、ふわふわとでっかいあくびをしながら横を歩いていた。

 俺はと言えば宝石のようなその子……最上初に見惚れてぼやっとしている。


「二人は授業なに?」


「経済倫理」


「え、あ、マスコミ道徳」


「トッキー一緒だ」


 くそう、悔しい。そっち取っとけばよかった。

 初はまたねと俺に手を振り、トッキーにあれこれ話しかけている。

 トッキーのこと好きだったりすんのかな。トッキーは?

 そんなことを結局一年くらいモヤモヤ考え続けた挙句に初に告白し、無事付き合うこととなったのがこの春である。



 が、しかし、状況は思わしくなかった。

 現在、付き合い始めて三ヶ月。

 デート……と呼べるかはわかんないけど映画を見にいったり買い物したりと二人で出掛けている。

 手もつないだけど、ちょっと暑くなってきちまって、汗でベトベトでまたつながなくなってる。



 それに、キスはしたけどそれだけだった。

 大学生のカップルってさ、もっと猿みたいにさかりまくってるもんかと思ってたけど、全然そんなことない。

 むしろちょっと避けられてる気すらする。

 一回キス……それもチョンって触るだけみたいのをしたら初はびっくりしたような顔をして、もう一回って思ったら困った顔になっちゃって、それっきり。

 もう、何がダメだったか全然わからない。

 もしかして初は結婚前にエッチなことはしない主義だったんだろうか。

 それならそれで、そう言ってほしいけど、


「あー、うーん、んっとね、そういうわけじゃないよ。そうじゃ、ないの」


 って言ったきり、何にも言ってくれなくわからないまま。

 トッキーに、


「彼女とセックスできなくてツラ」


 って言ったら、


「悩みが贅沢の罪でシネ」


 って言われた。

 たまにトッキーは俺に辛辣なんだ。



 そんで、今日も初とは会っていない。

 授業がほとんど被ってないのと、唯一一緒だった授業は先生の都合で休講だった。

 もうやってらんないし、けどラッキーなことに今日最後の授業が早めに終わったからさっさと帰ろう。

 したら雨が降ってきた。

 ちっともラッキーじゃなかった。


「あ、初」


 ちょっと離れた講義棟の出口で初とトッキーが雨宿りしてるのが見えた。

 これは、ラッキーなのか、どうか。



 正直、初とトッキーが話しているとこに行きたくない。

 でも今行けば初と帰れるし、そのままデートもできるかもしれない。

 できなくても構わなかった。

 折り畳み傘を広げて雨に濡れつつ小走りで大事な彼女の元へ向かう。

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