少年ことご主人こと稔くん

「あのさ…ひとつだけいいか?」


ご主人は困ったような顔で、僕に問いかける。


「ん、なんだい?」


「ヒョウ、どこまで付いてくるきだ?

このままだと俺の家に着くんだけど…」


「あ」


この世界に悪魔が存在した事で酷似しただけの世界じゃない、原作ゲームの中の世界説が濃厚になってきたのと、さっきまで戦っていたインプ集団を倒すことの出来た嬉しさと達成感に僕の心は満たされて脳死で少年ことご主人こと稔くんに付いてきてしまっていた。



あれれ…なんか、頭こんがらがってきた。少年もご主人も稔くんも同一人物なのに、なんか考えてるうちに全部が別人に思えてくる。3人に増えてもらっても困るので、呼び方は、ここはご主人に統一しよう。


「もちろんご主人の家だよ。」


「あんた、もしかして俺ん家に住む気じゃないだろうな?」


「その通り、流石ご主人!僕の考えてる事は、お見通しってわけだね」


「いやいや、流石にそれは無理だ。

親になんて説明するんだよ。子猫を拾ってくるのとは、訳が違うんだ。急に悪魔拾ってきたとか、母さんに言いでもしたら、『あんたをこんな子に育てた覚えはない』って言われて泣かれてしまいかねない」



「厨二病に目覚めて、お母さんに泣かれてしまっているご主人を見るのも面白そうではあるけど、冗談だよ。ちょっと魔界に用があってね。しばらくは、一緒に居られないんだ」


流石にご主人の家に住み着く訳にはいかない。

僕の両親も心配しちゃうだろうし。

なので、魔界に帰るというデタラメを言って退散する事にする。



ん、心なしかご主人が残念そうに見えたのは気のせいだろうか。




「まぁ、でも僕との契約内容はご主人の護衛だから、守んない訳にはいかない。もしかしたら、また他の契約者との遭遇もあるかもだし。

だからコレ!」


僕は、僕のスマホをご主人に見せる。

その画面に写っているのは、あるアプリのQRコード。


「それって、メッセージアプリのQRコードじゃないか?」


「そう!僕のアカウントのQRコードだよ。コレで互いに登録しあっていれば、困った時にこれに連絡さえしてくれれば、駆け付けれる」


「……」


「ん?どうしたんだい。」


「…いや、悪魔って現代人の文明の力にも頼るんだと思って」


「……便利な物は使わなきゃ!」


「そういうもんかなぁ、なんか俺のイメージしてた悪魔と、どんどんかけ離れていって、釈然としない」


む、それはいけない。悪魔になりきると決めたんだ。弁明しなくては


「失礼な、僕は歴とした悪魔だよ!」


「はぁ、まぁいいか。………それはそれとしてーー」


ご主人は一呼吸して、急に真剣な顔つきで僕に言う。


「俺は眠いという口実を使って、この現状から現実逃避をするように家に帰っていた最中だったけど、やめた。アンタも付いてきたし…。

現実逃避は良くない。変に引き伸ばすだけだ。

……代償の支払いを俺はまだ行っていないが、いつ支払えばいいんだ?それと俺とヒョウの契約期限を教えてくれ」


まぁ、そうだよね。

確かに、ご主人の身になってみれば、分かることだ。

悪魔と契約したと思っている訳だし、いろんな事が心配になるのは当たり前な事。





「まず契約期限から答えさせてもらうよ。

期限は無期限。あんな事があったばっかりなんだ。あの男の様な悪魔に関わりのある物達に、また目をつけられる可能性はゼロじゃない。ご主人が安全だと分かるまでは護衛を続けようと思っているよ」


「分かった。そうしてくれると助かる。

また、あんなのに狙われても、人間である俺に対処できる自信はないからな」


「それと代償の支払いだけどーーー」


ゴクリ


ご主人の唾を飲み込む音が聞こえる。




「まだ考えてなかったかな」


ご主人は右肩をガクリと落とす。

思ったような回答ではなかったので、肩透かしを食らったらしい。





「んー、そうだな。僕はできるだけ代償と契約内容は釣り合うように設定したいんだ。

今回の契約は明確な物じゃない、形ない代償だから、契約終了後か、契約中でも目処が立った時に、ご主人が提示した代償の範囲で僕が改めて再提示させてもらうよ。そっちの方が割に合わない代償をふっかけられるより安心でしょ?」


「まぁ、そうだな。」


ご主人は少し考えるような動作をして頷く。



良かった。一応納得はしてもらえたみたいだ。ただでさえご主人を巻き込んだ立場なので、代償なんて貰えた物でもないし、人間である僕は代償を貰う必要もない。とりあえず最もらしい事を言って、先延ばしをする事に成功した。

あとは未来の自分に、全部面倒な事は任せた!

今の自分は好き勝手暴れさせてもらうぜ!

よろしく!未来の自分!


話もひと段落して、メッセージアプリのアカウント交換も終えたところで、ご主人の家が見えてきた。


僕はご主人より少し前に行き、くるりと周ってからご主人を見て言う。


「じゃあ、そろそろお別れだね。魔界に帰るよ。何かあったら、必ず連絡するんだよ!」


「おう、今日はありがとう!これからも何かあった時は、よろしくな!」






俺はヒョウと別れて、家のドアノブに手を回しところで気づく。


「あ……公園に俺の夜ご飯が入ったレジ袋、置きっぱなしだ」










光の灯らない、人が寝静まった真夜中の街に、宙に浮かぶ人影の集団があった。その集団は皆、頭の上に光り輝く輪っかと白い羽の大きな翼を背中に付けており、白を基調した軍服と帽子を身につけている。その中の1人、一際大きな羽と二重の輪っかを備え、肩章を軍服に付けた女が、声を張って言う。


「この都市に、私たち天使の裏切り者であるルシファーを召喚できる、唯一の魔導書があると分かった!この機を逃さないためにも全力で探し出せ!」



「「「「「「「ハッ!」」」」」」


女の言葉で下級天使達は敬礼をして、各方向に散らばって行く。その場に残ったのは、肩章を付けた女の天使と、もう1人の丸眼鏡をかけた女の姿をした天使のみ。


「この機会……ですか、ザドキエルさん」


丸眼鏡をかけた天使がもう1人の天使に問う。


「あぁ、ルシファーが魔界の王の座をベルゼブブに奪われた今、あのルシファーを味方する悪魔は少ない。そこで、今があの私たちの裏切り者、ルシファーを処分するチャンスだと上の者達はお考えになったようで、王の座を奪われ姿を消したルシファーの捜索が始まったのだ。」


「その件は承知していますが、ルシファーを召喚できる魔導書を探すなんて、回りくどいことはせずに、直接ルシファー本人を探す方が早くないでしょうか?」


「それがだな、腕利きの天使達が総動員でルシファーを探したものの、見つけ出す事が出来なかったらしいのだ。

そういった経緯もあり、上の者達も埒が明かないと考えてか、天界でも魔界でもなく、確実に現世にあると分かっている『ルシファーを召喚できる魔導書』に上の者達は着目された。私達に魔導書の捜索を命じられたのもそれが理由だ。

それに魔導書ならその魔導書がある所に召喚出来るという、利点もあるので、圧倒的に私たちの有利な天界での召喚もできる。それが出来ればいくらルシファーでも、消滅は避けれまい。だが…」


「だが?どうされたのですか?」


「あー、いや、この件に関して、気になる所があってだな。部下達がしていた噂話でたまたま耳に入ったもので、信憑性もほぼないと思っているのだが、それによるとこの件は神の許可を得ず、秘密裏に上級天使達の独断でご判断されたとか。」


「…それが本当だったらいくら上級天使でもマズくないですか?事が事ですし…でも確かに神はルシファーの反逆にあった時もルシファーを消滅させる事はせず、魔界に堕とすという手段を取られた。そんな方が魔界の王の座から下ろされた瞬間ルシファーを消滅させるために動くとは考えにくい……んー」


「まぁ、いずれにせよ、一介の中級天使にすぎない私はこの話が噂の域を出ない以上、上の者達から出されたご指示に従うしかないのだが。………………すまん、すまん蛇足にすぎたな、中級天使のイリア殿」


「いいえ、魔導書を探す理由や噂話も、今日このルシファー魔導書捜索部隊に、一時的にですが急に配属された身としては、そこまで教えて貰えなかったのでありがたいです。

あと同じ中級天使と言っても遥かにザドキエルさんの方が立場としては上ですので、あんまり中級天使と言われても居心地の悪さしか感じないんですよね。私、天使の中で例外と言われてるくらい、中級天使なのに下級天使と同等の力しか持ってないですし。」


「そう自分を卑下しないでくれ。イリア殿は中級天使と認められるだけの、神器の開発技術を持っているのだから。今日私の部隊に配属されたのも、新たに開発した神器の試作モデルの試験的な運用の為だと聞いている」


そう言ってザドキエルと言われた天使はイリアが握っていた、1メートル半くらいある緑の水晶が付いた杖を見る。


「まぁ、そうですね…。私が今日ここに居るのは、この神器の為ではあります。これは私が初めて先輩方達の助けをほとんど借りずに作った神器なんです。だから自分自身の手でこの神器が外界で活動する際にどうなるかの力量を試してみたかったんです。それで上に試作品の神器を実戦で使ってみたいという様な内容を申請書で提出しました。そしたら少数部隊とかでも良かったんですけど、ルシファー魔導書探索部隊なんて、かなり重要な任務を担う部隊に配属する事になったので正直、緊張でいっぱいなんです。そういった部隊につくの今までなかったので…」


「…確かに重要な役割を背負った部隊であるが、心に余裕があった方が冷静に動ける。しっかり心を落ち着かせることも大事だ」


「そうですね…」


「では、我々もそろそろ動くとするか」


「了解です。…………私も神器技術部隊の隊長イオフィエル様には敵わずとも必ず、最高の神器を…!」


イリアは試作品である神器を強く握りしめる。


「ん?最後何か言ったか?」


「いえ、何でもありません。行きましょう!」


こうして2人の天使もやがて闇夜に溶け込んでいくのであった。

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