異世界転生したひ弱な少年は鬼のように強い女剣士と今日もいちゃいちゃしながら冒険の旅をしています

沙魚人

第1話 死と夢

ある大きな病院の一室で今まさに一人の少年の命が尽きようとしていた。


彼の両親の願いはもう彼が持ち直してくれることではなく、大事な息子がこれ以上の苦しみから救われることだった。


少年は短すぎる生涯を終えた。






少年の魂は暗い湖のような空間をゆっくり沈んでいった。






ポフッ。


何か柔らかいものの上に落ちた。


「どこのどいつか知らんが、この私に夜這いをかけるとはいい度胸だな、小僧。」


えっ!? 女の人の上に落ちた?


少年は慌てたはずみで、柔らかいものを掴んだ。


「女に夜這いをかけるなら、まず名乗れ。そして嘘でもいいから愛してると囁け。抱くのはそれからだ。」


冷静な言葉と裏腹に、女のしなやかな太ももが少年の体に絡みついて、ぎりぎりと締め上げた。あっという間に少年は気を失った。


少年は朝の冷気で目が覚めた。いつの間にか寝袋の中に寝かされていた少年は起き上がると、パジャマの上着がはだけているのに気づいてパジャマのボタンを閉じた。脇に座っていた女が包みを投げてよこすと口を開いた。


「それを食ったら家に帰れ。」


少年が包みを開けると、美味しそうなサンドイッチだった。それを見て急に空腹を感じた少年はサンドイッチを齧りながら答えた。


「帰る家はないです。」

「ふむ?」


「もう一つ聞いていいか? その胸の刀傷はどうしたのだ?」

「これは3年前の手術の跡です。」


「手術?」

「体を切って中の悪い部分を治療する、僕の世界での医療行為です。」


少年はパジャマの上から傷跡をなでた。この手術をしなければ、とっくに死んでいただろう。だが、結局それは病気の苦しみを長引かせただけだった。


「お前の世界?」

「ここは僕のいた世界じゃないようです。たぶん僕は死ぬ前の最後の夢を見ているんです。」


女は驚いたように返した。


「お前、転生者か? 噂は本当だったんだな。」





年に一度、極大月ハイパームーンの日にロマ・ファンファーレ王国の首都ゼチェ・プラジーニの王宮で王家繁栄の儀式イアグ・バリが行なわれる。この儀式は王と王子、お抱えの魔術師しか出ることは許されていないがこの儀式を行うと別の世界の人間が転生してこの世界に降りて来るという噂がある。この転生者は神の御使として丁重に扱われる。


そういえば、昨日はやけに月が大きく綺麗だったが、極大月だったか。


そして転生者の噂が本当だったということは、この世界に来た転生者が翌年の極大月の儀式で生贄として捧げられるという噂も本当なのだな。


女はこのあどけない少年が一年後にはこの世界でも殺されるということを気の毒に思った。


王家に逆らえば自分もただでは済まないが、それならせめて来年の極大月まで、この世界を見せてやって生きている実感を味合わせてやろう。


「お前、行くところがないなら、私の剣の弟子になって一緒に旅をしないか?」

「行きます。ぜひ連れて行ってください。」


少年は即座に答えた。今、胸の苦しみはない。これまでは夢を見ていても胸の苦しみからは逃れられなかった。ずっと入院していて外を自由に歩いたこともない。彼女が話す異世界の言葉は同時通訳されたように変換されて聞こえ、自分が話す言葉もこの世界の言葉に変換されている。全ては死ぬ前の夢なのだ。


「じゃあ、行くか。」女は立ち上がると荷物を背負った。


女が立ち上がったのを見て、少年は驚いた。すごい美女だったがこれまで会った、どの人間よりも背が高い。体格もまるでハリウッド映画のアクションスターのようだった。美女だが広い肩の上にその美しい顔が載っているのが、またアンバランスな感じがした。


「私はサティ チォカーリア。旅の剣士だ。」

「僕は小谷コチャニ 康太コータです。よろしくお願いします。」


異世界に転生したひ弱な少年と女剣士の冒険の旅が今始まる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る