第22話 歌
かなめは、しばらく修二の実家にお世話になることになった。
要くんは、喜んで楽しそうにしてくれた。
翌日は、土曜日で要くんの保育園はお休みだった。
お母さんは、公民館で茶道教室の先生をしてる。ずっと休んでいたから、行きたがっている様子だったので、要くんを1日預かることになった。
要くんを水族館に連れてっていいですか?と聞くと、「ちょっと遠いわよ」といい、許してくれた。その水族館は修ちゃんと修ちゃんのお兄さんも小さい頃によく行ったそうだ。
要くんは、朝からテンションが高かった。水族館では常に興奮し、水槽を見る度に、何かを発していた。特にイルカのショーでは釘付けになり、終わったあとも、ずっと拍手をしていた。
お昼に売店に行くと、[急募!アルバイト募集中]という張り紙を見つけた。売店の店員に尋ねると、急に人が辞めて困っており、レジができる人なら誰でもいいから、すぐにきて欲しいとのことだ。
帰りに、小さなイルカのぬいぐるみを買ってあげると、要くんは大喜びで、ずっと手から離さなかった。
要くんの言葉については、お母さんから聞いていた。
言語障害があるかもしれないとのことだ。
聞けば、修ちゃんも言葉が遅かったそうで、お母さんは心配して病院をいくつか廻ったが、結局、原因は分からず小学校に上がるまで、特別な家庭教師が来ていたと話してくれた。
お母さんは修ちゃんに要くんを病院に連れていくことを薦めたが「要には過度な手をかけたりせず、自然にノビノビと育てたい」と言ったそうだ。
修ちゃんらしいと思った。
水族館の帰りに修ちゃんの病院に寄ったが、相変わらず変化はなかった。
要くんは修ちゃんに駆け寄り、水族館であったことを話しているようだった。
要くんは確かに、言葉はたどたどしい。
だが、よく聞いていると何を伝えたいのか分かるし、こちらの言うことはきちんと理解していた。きっと頭がいいのだろう。やっぱり修ちゃんの子だなと感心していた。
夕方、お母さんと2人で夕食の準備をしてると、要くんが、歌を歌いだした。チューリップのようで
「 いた、 いた。~リップの なが」と歌っていた。
それを聴いて、お母さんは涙を流した。要くんの歌を聴くは初めてだそうだ。
「西脇さんのお陰ね、要があんなに楽しそうなの初めて見たわ」と更に涙を流した。
要くんは疲れたらしく、夕食を食べ終わると、そのまま眠ってしまった。
要くんの寝顔を見ながら、「歌はお父さんに似なかったね」と笑った。
要くんの歌は言葉ははっきりしていないが、音程はあっていた。
修ちゃんは音痴だった。
修ちゃんの大学の同級生に広瀬くんという人がいて、2浪してるから、かなめより4つ上で、かなめのことを、妹のように可愛がってくれていた。
広瀬くんの彼女と4人でダブルデートもしたこともあった。
ある日、広瀬くんから「修二の歌声、聴いたことないでしょ?今、カラオケにいるから、おいで」と連絡があった。
行ってみると、広瀬くんと修ちゃん、広瀬くんの彼女と他に初めて会う修ちゃんの同級生が2人いた。
修ちゃんは、かなめが来たことに気づくと「何で来たん?」と顔を赤くして驚いていた。
修ちゃんの番になると、修ちゃんが好きなB'zがかかった。
修ちゃんは最初から音を外し、サビの「もう信じられないや」っと言うあたりでは、完全に声が裏返っていた。
かなめの中で、修ちゃんは頭がよく、スマートな印象だったので、その光景が「信じられないや」という感じだった。
みんなは爆笑していたが、かなめは笑わなかった。音を外しても堂々と歌いあげる修ちゃんがカッコよく見えたからだ。
かなめも勧められ歌った。反対にかなめは歌が上手い。中学、高校と合唱部でコンクールにも出場していた。
広瀬くんは「かなめちゃん、少しは遠慮しないと、修二が可哀想だよ」と笑った。
それから、周りが面白がって、修二とかなめに、デュエット曲を何曲か入れた。対照的な2人の歌に更に笑いがおこった。
帰りに手を繋いで歩いていると修ちゃんは「恥ずかしかった」と小声言った。心なしか、いつもより手が汗ばんでいるように感じた。
翌日の日曜日は、お母さんと要くんの3人で少し離れたショッピングモールに出かけた。要くんの服が小さくなってしまったので、買いに行くことなったのだ。
ついでに、かなめも長期滞在を見越して、自分の服を購入した。
その後、修ちゃんの病院に行った。病室でも要くんが歌いだしたので、かなめも一緒に口ずさんだ。
すると、修ちゃんの目が少し動いたように見えた。
お母さんに、水族館でアルバイトをしてみたいと相談した。お母さんは渋っていたが、人がおらず、困ってるという話をしたら「人助けになるなら」と納得してくれた。
翌日、売店の面接に行くと、その日から働くことになった。
売店では、ソフトクリーム、揚げ物、焼きそばと飲み物を売っていた。かなめの仕事はレジと飲み物の準備だが、そのうち料理も覚えてもらうと言われた。
かなめは嬉しかった。水族館で働くことはかなめの夢でもあった。子供の頃、父と行った水族館でイルカのショーを見たとき、将来はイルカの調教師になりたいと思ったほどだ。
水族館は修ちゃんとデートした思い出もあった。
バイトは週4回、朝10:00~15:00と決まった。
バイトが終わると修ちゃんがいる病院に行き、修ちゃんに、そのことを報告した。
修ちゃんは相変わらずだった。
翌日から、かなめは、朝、お母さんと要くんを送ってからバイトに行き、終わると、修ちゃんの病院に行き、要くんのお迎えの時間まで病室で過ごした。
病室では音楽をかけたり、手を握りながら要くんの話などをした。ある日、帰ろうとしたとき、人差し指が動いたような気がした。
立ち上がると、修ちゃんの方から視線を感じた気がして、振り向いたが、修ちゃんの目は閉じられたままだった。
要くんはすっかり、かなめに懐いてくれ、甘えてくれるようになり、ますます可愛くなった。要くんに童謡が入ったCDを買い、保育園の送り迎えの車の中でかけると、喜んで歌っていた。
お母さんは、色々な話をかなめにしてくれた。
別れた修ちゃんのお父さんはお金持ちで、家にはお手伝いさんがいたそうだ。だが田舎から嫁いで何も知らないお母さんは苦労をした。礼儀作法やお茶からお華まで、姑から厳しく仕込まれた。修ちゃんのお父さんは浮気癖が酷く帰って来ない日も多かった。
離婚したときに、お兄さんも引き取りたかったが、お兄さんは当時、大阪でも有数の私立の進学校に通っていた。三重からの通学は難しく、連れていくなら、お父さんから学費等の援助はしないと言われた。とてもお母さんの収入だけで、通わせる余裕などなかった。結局、本人の希望もあり、引き取ることを、なくなく諦めた。
8年前に、お父さんが再婚するタイミングでお兄さんも独立し、お母さんと修ちゃんに会いに来てくれた、と涙ながらに話してくれた。
8年前といえば、修ちゃんがお父さんからの仕送りを止められることになったときだ。
「西脇さんは話しやすいから、何でも話せちゃう。ごめんなさいね、こんな変な話まで聞かせて」と謝った。
かなめの家は、姉2人がよくしゃべり、口数が多くない、かなめの存在は薄く、母は姉たちとばかり話しており、母と2人でゆっくり話をした記憶がなかった。
かなめも仕事のことや、家族とのことをお母さんに聞いてもらった。
お母さんは、「うちは男の子しかいないから、娘ができたみたいで嬉しいわ」と言ってくれた。
かなめも同じ気持ちだった。
そんな3人での生活は、かなめには心地よく、このまま、ここに居たいと思い始めていた。
そんな生活が1週間過ぎたある日、夕食の片付けをしていると、病院からお母さん宛に電話があった。
修ちゃんが目覚めたと。
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