九、優しさを被った猛毒(1)
先頭に牙琥、その後ろに紅怜、愛染、羽邏と言う順で役所に忍び込むと、ギャハハハッと上機嫌な笑い声だけが忍ぶ紅怜一行を迎えた。
牙琥は肩越しに紅怜を一瞥し「上がるぞ」と、口パクで伝える。
紅怜はうんと堅く頷き、先を慎重に歩く牙琥に倣って階段を静かに上った。
二階に上がると、徐々に大きく聞こえ出す下品な笑い声。
「俺達は本当に運が良いよなぁ! ここじゃなきゃあ、こうして酒につぎ込める金はねぇからなぁ!」
「おいおいぃ、酒だけじゃなくて女もだろぉ! 俺ぁ、知ってるぜぇ! 最近、おめぇ、郭の女を落籍したろぉ!」
「いやぁ、金が不思議とたんまりとあったもんでなぁ!」
「不思議と、じゃねぇだろぉ! ギャハハハッ!」
紅怜は耳に次々と入り込む下世話な会話に顔を顰めながら、一歩、一歩とそちらに近づいて行く。
そうして遂に酒宴の前に辿り着くと、牙琥が紅怜とその後ろの二神を見据えた。
「じゃ、行くぜぇ?」
彼の小声の宣誓に、皆がコクリと首肯する。
牙琥はその頷きを見ると、荒々しく扉を蹴倒した。
バァンと音を立てて荒々しく倒れた扉に、酒宴の真っ最中であった役人の男二人組は「ひぐっ」と醜いゲップと共に驚きを吐き出す。
その次の瞬間、それを吐き出した彼等の喉元には鋭い鋒がピタリと向けられていた。
スラリと細長い白銀色の刀身に、紺碧色の美しい柄。
牙琥は扉を蹴破ると同時にぶつぶつと呪言を呟き、手元に現れた二つの刀を握りしめ、彼等の喉元に鋭い鋒を向けたのだ。
「お、お、お前ぇ、な、何も、何者だぅあ」
右側に座っていた役人の男は呂律の回らない口で、威圧的に訊ねるが。左に座る男は手から杯を転げ落とし、ダバダバと流れ落ちる酒に塗れながら竦んだ。
「死にたくなきゃ、コイツみたいにしてろぉ」
牙琥は底冷えした声で告げると、ずいと左の剣先を更に近づける。
鋭い鋒が喉仏にプツリと当たり、柔らかな皮膚を突き破って、僅かな鮮血がぷくりと現れた。
虚勢を張っていた男の顔が恐怖に崩れ落ち、身体もガクガクと顫動する。
牙琥はそれを見ると満足げに目を細めて、肩越しに後ろを振り返った。
紅怜はその視線を受け止めてから、厳しい眼差しで役人二人を射抜く。
役人の男達二人は、初めて牙琥の後ろに居る存在に目を向けた。すると塗れていた恐怖がじわじわと剥がれ、
とんちきな集団がやって来たと言わんばかりだし、こんな小娘が相手かよって言われている気がするわ。
紅怜は一目で「自分が舐められている」と認識したが。「こんな奴等に、絶対に負けるものか」と、戦意に燃え盛る自分を更に力強く鼓舞して、ダンッと大きく足を鳴らして前に一歩踏み出た。
「こんな昼間から酒に溺れるなんて、最低な役人達ね」
ギロリと相手を睨めつけ、威圧的に投げかける。
その言葉に、左の男が「何をぅ」と食ってかかろうとした。だが、突きつけられている剣先と殺気が、彼をその場で留めさせる。
左の男は悔しげに「ぐっ」と奥歯を噛みしめた。
紅怜はふんと鼻を鳴らしてから「羽邏、お願い」と、自分だけを舐め続ける彼等を睨めつけながら告げる。
「ピャイ!」
呼ばれて飛び出て、と言う様な形で、羽邏はタタタッと駈け足で牙琥の横にやって来た。
そして剣先を突きつけられている彼等の方に両手を掲げ、「
その次の瞬間、彼等の身体が黄金の光に包まれた。朧気な霞に色が付いた様な黄金の光は、ぶわっと一気に輝いてから徐々に輝きを弱めていく。
それと連動して、酒に溺れていた彼等がスウッと変わり始めた。
焦点が合わない目は徐々に正気を取り戻し、アルコールに溺れて赤く染まっていた顔や身体からは赤みが抜け、ぷんぷんと放出していた酒の匂いは急撃に薄れていく。
彼等も自身から酒が抜けて行くと、切に感じているのだろう。正気に戻って行くに連れ、勝手に酒が抜けて行く衝撃に困惑を抱き始めた。
「ど、どういう事だ?」
「そんな事はどうでも良いのよ」
おずおずと吐き出された問いを紅怜は無下に叩き落とす。
「この役所で働く役人は、アンタ達だけ?」
「……」
威圧的にぶつけられた問いに、彼等は目配せをして押し黙った。
だが勿論、剣を突きつけている男が、それを良しとする訳がない。
「返事ぃ」
地を這う様な低い声で端的に告げると同時に、頸動脈に素早く刃をピタリと添える。
正気に戻ったからこそ、より鮮明に貫く死の恐怖。
彼等は「ひいっ」と息を飲み、「そ、そうだ……そうです」と、辿々しく答えた。
そして次に彼等の名前を聞き出し、紅怜は左の男が「
「アンタ達。蝶嵐って言う組織と繋がって、統括している村に片誓を流しているわよね?」
威圧的に腕を組んで訊ねる。
「……それが目的か?」
徐空がスッと目を側め、牙琥の肩越しに居る紅怜を睨めつけた。
「何をしようって言うんだかは分かりませんがねぇ、これだけは言える。首を突っ込まねぇ方が身の為ですよ、お嬢さん?」
ふんっと鼻を鳴らし、勝ち誇って告げる徐空に、紅怜は顔を顰める。
「父さんに脅されているだけじゃなくて、悪事を働いている事までバレているのに、どうしてこんなに堂々としていられるの?」
分からないわ。と、徐空の尊大な態度に怪訝を抱いた。
だが、そんな怪訝を表には出さずに「余計なお世話」と、上からピシャリと打ち返す。
「アタシはそんな事を聞いているんじゃないわ。アンタ達、役人のくせにこんな酷い事をして良いと思ってんの?」
「……何を聞くかと思えば」
徐空は鼻を鳴らして、心からの嘲笑を彼女に見せつけた。
「ここは王から捨てられた土地、故に何をしようとも管理する我々の勝手でしょう」
そうだよなぁ、林衛? と、右で震える相方に同意を求める。
林衛は向けられた刃に臆しながらも、黙ってコクコクと頷いた。
徐空はその頷きを見ると、肝が小さい相方に変わって尊大に語り出す。
「我々が悪いのか? いやいや、それは筋違いと言うもの。悪いのは、ここを捨てた王であり、我々の様な下級役人に給与をろくに与えない国だ。だからこそ我々は悪事に手を染めて生きるしかない。そうしないと我々の生活がままならなくなるのだ。我々がそうなれば、当然この村も終わってしまうぞ。餓死者が増え、幾年も経たずに荒れ地となる。年貢もなくなれば、少なからず国にも傷が入るであろう?」
だからだよ。と言わんばかりの堂々たる弁解に、紅怜の心中でぶわりと厭悪が渦巻いた。
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