25.#生きるために必要な水分量【Day25・カラカラ:水面+御堂+森富】

「はい、五分休憩」

「あっっっつーい! 水!」

「はいお水」

「ありがと、とみー!」


 ヤギリプロモーション本社の練習室にて、『read i Fineリーディファイン』のダンス隊三人がダンスレッスンをしていた。本来はダンスリーダー・御堂斎みどういつき佐々木水面ささきみなも森富太一もりとみたいちに加えて高梁透たかはしとおるアレクサンドルがダンス隊に属しているのだが、現在練習している曲は御堂・水面・森富のユニット曲であるため高梁は不参加だ。

 近日中に行われる音楽特番で披露予定の楽曲である。収録を明日に控えているため、最後の大詰めと言ったところだろうか。以前ステージで行った構成とはまた違う、曲にアレンジを入れ、ダンスブレイクを大幅に改変したものとなっている。練習は主に御堂が指導をしていた。


「まあまとまってはいるから、明日のパッションに賭けよう」

「パッションに賭けるって変な言葉だな……」

「お? なんだ太一、反論があるならいっちょダンスバトルでもするか? ん?」

「いっちゃんとダンスバトルしても勝てる訳ないじゃん! ごめんて!」

「別に良いけど」


 御堂はすんとした真顔に戻り、水を口に含む。その様子を観察し、森富は疲れ切ったように体育座りをした。完全に項垂れている。

 ダンスレッスン中の、奇妙なテンションの御堂に関わると生気を奪われる──とはリファインでの常識だ。水を得た魚、日光を浴びたひまわりの如く溌溂とした生命エネルギーを振り撒く御堂は眩しすぎる。ダンスメンバーでも辟易とするのだから、ボーカル隊や楽曲製作(ラップ)隊がうんざりするのもよく分かる、と水面は心の中で頷いた。


「あ、ちなむと午後には湊くん来てくれるから、一度振りと隊列と確認してもらおう。移動もちょっと納得いってないから、そこもアドバイス貰ってブラッシュアップだね」

「おっけい、とみー、聞いてた? 大丈夫?」

「聞いてる聞いてる。湊さん来てくれるんだ、今くっそ忙しいのに」

「サバ番のマスターとかやってるもんね~」


 この曲の振り付けをした大東湊だいとうみなとという人物は、ヤギリのダンストレーナーもしているコレオグラファー兼ダンサーである。年齢は水面のひとつ上、にも関わらず現在既に世界的な評価を得ているまさに『第一線』にいる人物だ。現在はとあるサバイバル番組に講師役(マスターと呼ばれる)で出演しており、事務所でもなかなか見かけないほど忙しい。


「ごめん、五分過ぎたけど湊くんから電話来た」

「噂をすれば四十九日、だっけ」

「それを言うなら『人の噂も七十五日』だね~。なんも関係ない」

「なんも関係なさすぎて草。ちょっと出てくる。ふたりはもうちょい休んでて」

「はいよ~、いっちゃんいってら~」

「いってらー」


 御堂が練習室から出て行き、水面と森富が取り残される。休め、と言われたので休むしかあるまい。流石に床へ寝転ぶことはしないが、壁にもたれかかって上を見上げた、二人同時に。それに気付き、水面と森富は顔を見合わせて笑う。


「シンクロ率やば~」

「なんで二人揃って同じことしてるんだか……、あーウケる」

「一緒に過ごしてると似てくるよね~。……しんどい?」

「それはこっちの台詞。みなもん、昨日侑太郎に怒られてたでしょ」

「あ、知ってた?」


 めっちゃ反省してます、と水面は笑うが独特の緊張感が付きまとっているため、恐らく見た目以上に反省しているのだろう。まあ南方侑太郎という男に詰められるのはしんどい、と森富は遠い目をした。高校時代、夏休みの宿題を溜め込んでいたことでお叱りを受けたことがあるが、『怖い』ではなく『疲労』が先に来た。心身共に疲れてしまうのだ。


「でも今度侑太郎とプール行くんだ~。太一も一緒に行こうよ、休み合わせてさ」

「プールか良いなあ。最近有酸素運動しにしか行ってない」

「地味に泳いでない、ってことに気付いた。泳げるかな、昔は平泳ぎが得意だったんだ~。水って良いよねえ」


 水面はにこやかにそう告げる。名前のせいだろうか、と森富は言おうとして飲み込んだ。あまりにも中身のない言葉過ぎたから。


「ぼく、名前にも『水』入ってるから多分水属性なんだろうな~、お風呂も好き~」

「あっ」

「なに?」

「いや、俺が言わないでおいたくそつまんないことを自分で言ったから……」

「なんだとお前! 誰がくそつまんないだと⁉」


 正直に言い過ぎた森富は、水面に肩を掴まれぐわんぐわんと前後に揺さぶられる。その姿は最早軟体動物だ、しばらくして森富も水面も床に倒れ込んだ。激しく遊び過ぎである。


「いっちゃんに見られたらぶち殺される……」

「精々口きいてもらえなくなるくらいだよ~……」

「しないよ、そんなこと」

「「あ」」


 二人で練習室の入り口の方を向くと、電話を終えて戻ってきた御堂がそこにはいた。

 御堂のオーラが普段と変わらないことにほっとしつつ、次の発言が何なのか、部屋に緊張が走る。案ずることはない、大東湊から来た連絡の内容について通達が始まっただけだ。


「明日も来れるらしい、湊くん。だからギリギリまで見てもらおうと思って」

「お、やったね! モニターチェックの時もいるのかな~」

「どうだろ。僕らの入り時間しか伝えてないから分かんないけど……」

「じゃあ逆に言うと、明日急な変更が入るかも、ってことだね……?」


 森富が呟けば、水面は顔を暗くする。しかし御堂はけろっとした表情で「良くなるなら良いんじゃない?」とあっけらかんに言った。


「このダンスジャンキーめ!」

「ダンスのブラッシュアップをすることなんて、僕には水を飲むようなもんですよ」

「しない方が乾くんだ……変な人」

「なんだと太一、っていうかお前、最近失言多いな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る