第15話 騎士は勝てませんでした




「…」


 とある日。

 姫はぼんやりとテーブルに肘をついて、自国の城に残してきたペットの犬やら蛇やらを思い浮かべていた。


「どしたの姫様。考え事?」

 僧侶がそう聞くと、姫は小さな溜息をついた。

「いえ、たいしたことではないのですわ。ただ、ちょっと毛玉が足りなくて」

「ペットが恋しいのかぁ」

「自分で言っといてなんですけど、何故伝わったのか」


 自身もペットを毛玉呼ばわりすることはあるらしく、自分も実家の猫を時々思い出す、と僧侶は遠い目をした。


「そういえば、まーちゃんが可愛い動物を見つけたって言って走り回ってたよ。なんでも、魔王城の中で見かけたとか」

「魔王城に湧いて出る動物なんて、きっと碌なものではありませんわ。私が近づいても酷い目に遭うだけですもの、ああ怖い」

「でもウサギって言ってたよ?」

「きっと人でも喰うのでしょう」

「まあ、有り得そうではある」

 はは、と僧侶は乾いた笑いを浮かべた。



「おとうさーん!おとうさーーん!!」


 魔王城内のどこかから、まーちゃんが嬉しそうに叫ぶ声が聞こえる。

「つかまえた、つかまえたーーー!」


「なんだ、なんだ」と慌てて駆けつける魔王の姿を見かけて、姫と僧侶も遠巻きにそれを追いかけることにした。



「うさぎ!見て!」

「んぬぅ、離せ、離せぇ!」


 まーちゃんが馬乗りになっているのは、彼女と同じほどの大きさの、獣人のような兎だった。

 全身が毛で覆われているものの、体形は人間の子供に近い。


「おのれ、魔族の子供!私がこんな姿でなければお前など!」

「わあ、お耳長い!ふさふさ!」

「な、なんて辱めッ…!」


 吹き抜けになっている通路の上で、隠れるように姫達はその様子を見ている。


 まーちゃんの目の前までやって来た魔王は、「これはまた珍奇なものを捕まえたな」と屈みこんでその兎を見た。


 兎は、その姿に驚いて声を上げる。


「ま、魔王っ!?待て、よせ、話をしよう!私はこんな姿では戦えない、全力を出せない女騎士をいたぶる趣味でもないなら、ここは見逃すべきだと思う!」

「兎肉を使った料理というのもあるな」

「ひぃ!?」


 必死に逃げようと藻掻く兎は、咄嗟に視線を挙げた先に人影があることに気が付いた。


「―――ひ、姫様!?そこに居たのですか、私です!助けてください!」

「え?」


 姫の名前を呼んだのは、どうやら彼女を助けに来た騎士であるらしかった。




 ◇ ◆ ◇




「あ、危うく今晩の食事にされるところだった…」

 尚も兎の姿である彼女は、普段から魔王たちが囲んでいる食卓でスープを出されて、泣きべそをかきながらそれを啜っていた。


「もしかして、あなた。勇者様と同じところでいつもトレーニングをしている女騎士様ですの?」

「そうです!よかった、憶えててくれて!」

「ええ、やけに勇者様と距離感が近くて腹立たしかったので憶えてますわ」

「えっ…すみません…」

 姫に縋りつこうとするが、想定外の手のひら返しで彼女は固まった。


「うさぎちゃんじゃないの?」

 まーちゃんが残念そうにそう聞くと、騎士はじろりと視線を返す。

「兎じゃない。私は、姫に使える名誉ある女騎士だ」

「そっかぁ」

 肩を落とすまーちゃんの頭を、魔王は励ますように撫でた。


「それで、どうしてそんな姿に?」

「それが…」


 彼女は手短に、道中で出会った魔術師に呪いをかけられ、特定の条件下で兎の姿に変身してしまう身体にされてしまったことを話した。


「そ、その。その条件がですね…」

「うん」

 騎士は周りをちらちら見ながら姫に耳打ちする。


「着飾ると変身する…?」

「はい…」

「エロ同人みたいですわね」

「姫!?!!?」

 勇者が席を外しているせいか、姫は好き放題言い放つ。


「じゃあ、人の姿に戻りたければ衣服をすべて捨て去ればいいということですか」

「そうですが、そうすると人としての尊厳も一緒に捨て去る羽目になります」

「うける」

「姫ェ!」


 泣きながら騎士は姫に縋るが、姫は面白そうに肩を揺らすだけであった。


「まあ、見ての通り私は元気いっぱいですので。騎士として戦う必要も無し、当分はその姿でいいと思いますわ」

 姫はそう言いながら、騎士の頬に手を触れてその毛並みの感触を確かめ始めた。

「あ、すごい気持ちいい。まーちゃん、触ってごらん」

「やったぁ!」


 騎士は予想外に平和だった魔王城に兎の姿で閉じ込められ、姫と魔王の娘によってそのままスイーツ工房のマスコットキャラにされる羽目になった。





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