第33話 温泉街

 俺たち四人で夕食をしていた。

 だが俺は孤立しているような寂寥感があった。

 俺はどこにいても独りぼっちだ。

「ねぇ。時尭」

「なんだ? イリナ」

「あんた。どうしたのよ? 顔色悪いよ?」

「え……。そう?」

 俺は体調が悪いとは思わなかった。

 なのにイリナは気がついていた。

 俺の内面の変化を。

 コミュ障がそう簡単に変われる訳ではない。

 人と会話をするようになって、少しはマシになったが、内心は心臓バクバクだ。

 今にも途切れてしまいそうな心を、なんとか誤魔化してきた。

「悪い。俺は先に寝るよ」

「そうしな。連れて行くよ」

「イリナ……」

 仲間ってこんなに大切なものなんだな。

 俺は苦笑を浮かべて、甘える。

「ああ。ありがとう」

 イリナが傍にいる。

 あんなに助けていようとしたレジュを差し置いて。

 レジュは少し気まずそうにしていたし。

 ベッドにたどりつくと、ふらつく足取りでベッドに寝転ぶ。

「ありがとう。イリナ」

「あれ。こっちはいいのかな?」

 イリナは胸元を指で広げる。

 胸の谷間が露わになり、俺はドギマギする。

「ば、バカ。よせ」

「いいじゃない。ちょっとくらい。女にだって性欲はあるのよ?」

「お前とそうなるつもりはない」

「……なら、なんでアネットの捜索をしてくれるのよ」

 俺はイマイチ理解できずに首をひねる。

「どういう意味だ?」

「なんで、あんたはそんなに優しいのよ。みんな自分のために戦ってきた」

 イリナの瞳が揺れる。

「なのに、あんたはワタシを助けようとしてくれている。それが信じられない」

 涙が零れるように落ちる。

「あんた。優しすぎるよ……」

「そう、なのか……?」

「他の人にもそういう態度だよね。知っている。ワタシだけじゃないんだって」

 哀しげに目を伏せるイリナ。

「あんたにとってはじゃないのかもしれない。でもワタシは――っ!」

 勢いよく顔を近づけてくるイリナ。

「イリナ……」

「分かっている。分かっているよ。でも……じゃあ、あなたは本当に勇者?」

「それは……」

 言葉を濁す俺。

 勇者、そう簡単に名乗っていい言葉じゃない。

 俺が全てを救えるなら、いいのかもしれない。

 でも俺はそこまで完璧な人間じゃない。

 ただの自己満足だ。

 こんなのは。

 人に優しくして、その代わりにみんなからの評価をもらっている。

 承認欲求のモンスターみたいなものだ。

 褒められるのが気持ち良くてやっている。

 だから、俺は完璧な人間じゃない。

 勇者とは天然で人を助ける人なのだろう。

 俺は違う。

 天然じゃない。

 人を助けると良いことがある。

 それを知っているから、助ける。

 だからイリナを利用するのは良くない。

「よせよ」

「ワタシじゃ、満足できないってこと?」

「そういう問題じゃない」

「じゃあ、あっちの二人のどっちかと付き合っている、ってこと?」

「そうじゃない! 俺は褒められるほど人間ができていない」

 言っていることが矛盾していることも分かっている。

 俺が間違えているのも。

「俺は他人から良く思われたくて、人助けをしているだけだ」

「それだって、立派な勇者じゃない。立派な人よ」

「違う。俺は自分可愛さに他人を利用しているだけだ」

「……。分かった。その気持ち忘れないで」

 イリナはそう言って頬に唇を近づける。

「これくらいならいいでしょう?」

 唇が頬に触れる。

 柔らかく優しいキス。

 腹の底の熱が引いていく気がした。

「じゃあ、またね」

 イリナは膂力りょりょくを失ったように涙を振り払いドアから出ていく。

 その所作が綺麗で美しいと思ってしまった。

 俺はイリナをふったのだ。

 その重い事実を受け止めなくてはいけない。

「明日から、どんな顔をして会えばいいんだよ……。くそっ」

 俺はベッドに身を預け、未だに残る微熱を感じ取っていた。

 恥じらいや恋と呼べる微熱を。

 イリナを嫌いな訳じゃない。

 むしろ好ましいと思っている。

 言葉使いはいい訳じゃないが、俺のことをしっかりサポートしてくれる。

 それでいてフラットに接してくれるのだ。

 顔だっていい。

 だけど、だからこそ、俺は付き合えない。

 これはイリナの問題じゃない。

 俺個人の問題だ。

 俺はふさわしい人間にはなれない。

 できた人間ではない。

 端的に言ってしまえば、俺は自分を好きではない。

 だから付き合えない。

 眠れぬ夜だ。

 外は月光の煌めきを受けて青白く光っているようにも思える。

 額に浮いた脂汗を拭い、温泉に向かう。

 男子更衣室の前、女子更衣室の傍のベンチでレジュを見つける。

「どうした?」

「ん。涼んでいた。変態は?」

「温泉が好きなんだ」

 嘘だ。

 俺は他の誰かと一緒に裸になるのが好きじゃない。

 ただ汗を流したいだけだ。

「ふーん。イリナと何かあった?」

「……めざといな」

「分かるって。女子だもの」

「そうか」

 俺はそのまま素通りして男子更衣室に向かう。

 と、袖が引っ張られる。

「あんた。何隠しているのよ?」

 レジュが怒ったような顔で俺を睨む。

「なんの話だ?」

「いいから。お姉さんに全ていいなさい」

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