第31話 はっきりさせたい
返答に困って、言葉に詰まらせていると、畑中さんが先に口を開いた。
「僕、七沢さんの演奏を初めて聴きましたけど、本当にピアノが上手ですよね。リベルタンゴ、凄かったです。こう訴えるものがあって……。周りにいた女の人たちも、うっとりしながら聴いてましたよね」
「ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
ニコリと笑って、七沢はそう返事をする。畑中さんはその後も、あれこれと感想を伝えていた。そのお返しとばかりに、今度は七沢が、畑中さんの感想を伝える。
ふたりの話が盛り上がり、夏生も時折、相槌を打ちつつ会話に加わる。
自分のリベルタンゴの感想は、このまま流れていいかと考えていたが、それを許さないとばかりに、七沢がもう一度こちらを見て、ニコリと笑って聞いてきた。
「それで、夏生さんは? どうでした? 俺のリベルタンゴ。まだ感想聞いてないので、聞かせてください」
「いや、俺も畑中さんとほとんど同意見だよ。上手いなぁって……訴えるものがあるなぁって」
「他には? なにもありませんでした?」
「……いや、えーっと、情熱的だなぁって……だから、ほら! 聴いていた女の人たちが、滅茶苦茶うっとりしてたし」
「そうなんですか? 俺は、ひとりの人を想って弾いただけなんですけど……あ。それって伝わりましたか?」
「伝わった、伝わった。情熱的だなぁって、さっきも言った……!」
演奏のことを思い出すと顔が熱くなる。いつまで経っても、余韻が抜けない。頭に浮かんだ、あの庭師は七沢で、あの屋敷の主人は自分なんじゃないかって、気がして仕方がないんだ。
そうじゃないと思うけれど、『でも』と思う心が止められない。まだ自分はあの世界に引っ張られている。だから、リベルタンゴの話題は避けたい。
それに、ただでさえ、七沢が、あのときのこと──初めて出会ったときのことを覚えていると確信したばかりだ。それもあって、頭の中はパンクしそうだ。
畑中さんは、自分と七沢の顔を交互に見た。そして、口を開く。
「そういえば、藤崎さんが第一で弾いた映画の曲。僕、あの曲を弾いているの初めて聴きましたけど、あれも良かったなぁ」
「本当ですか? 嬉しいなぁ」
「物悲しい音だけど、『前を向く』ってメッセージが込められている感じがして、とても良かったです」
畑中さんの感想に、七沢も加わって口を開く。
「本当にそうですね。昨日、動画で弾いているところを見せてもらいましたけど、今日の演奏も良かったですね」
「……え? 藤崎さんって、あの曲の動画って上げてましたっけ?」
畑中さんが、あれ? という顔をして首を傾げた。そういえば、彼には、従姉妹がアップした動画は教えていなかった。
「あ、えっと。実は、従姉妹が勝手に俺の動画をひとつだけ上げてまして……」
そう言って、畑中さんに説明する。彼女のせいで動画デビューすることになり、彼女のおかげで動画投稿するようになったことを。そして、話をしながら動画検索をし、出てきた画面を彼に見せた。
畑中さんがそれを見て、自分のスマホで動画検索をかける。そして、見つけたものを「あとで見てみますね」と言って、画面をタップした。後で見るなどのリストにでも追加したのだろう。
この後もお互いの演奏についての感想を言い合い、そして感想会はお開きになった。コーヒーショップを出ると駅に向かって歩き出す。
自分と七沢はモノレール、畑中さんは京急線なので、途中まで一緒に行き、そして別れた。
モノレールから山手線へ乗り換え、自宅へ向かう。今朝、家を出るとき、七沢は俺が返した服の入った袋を持っていくのを忘れたらしい。そのため、一度こちらに寄ってから帰ることになった。
マンションへ到着。玄関の鍵を開けて、中に入った。
服だけ渡して、「はい。さようなら」というわけにもいかないので、夏生は、電気ケトルでお湯を沸かし、コーヒーを淹れる。そして、それを運んでテーブルの上に置いた。七沢が「ありがとうございます」と言って、マグカップに手を伸ばした。自分もマグカップに口をつけ、ほっと息を吐く。
羽田空港のストピは楽しかったけれど、三カ所周るのは、なかなか疲れた。
「七沢、今日はありがとう。あと、ごめん……第二ターミナルでお前が弾けなかったこと、今、思い出した。帰りに寄れば良かったな」
「いえ、気にしないで下さい。そもそも、俺はおまけですから」
そう言うと七沢は、またマグカップに口をつけてコーヒーを飲んだ。彼が喉を鳴らす音を聞いて、自分もまた喉を鳴らす。
七沢に聞きたいことがある。あの確信をはっきりさせたい。
夏生はスマホを取り出すと、動画サイトにアクセスした。自分のチャンネルを表示させ、七沢と初めて出会ったときの動画──リベルタンゴの連弾動画の画面を彼に見せた。
「なぁ……もしかして、このときのこと覚えてる?」
「それ、なんですか? と、言いたいところですが……ええ。覚えてます」
「それじゃあ……この後、もう一度再会したときも、この連弾の相手が俺だって知ってたってこと?」
「はい。そうですね」
七沢の返事に思わず肩を落とす。
あのとき、さりげなく探りを入れたことも、バレバレだったということか。
(うー……くそっ……恥ずかしいな)
しかし、これがはっきりしたことで、七沢に聞きたかったことがようやく聞ける。
夏生は顔を上げて、彼の顔をじっと見て、口を開いた。
「七沢、ちょっとお前に聴きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「初めて会ったあの日、お前は……なんで俺に『つまらない』なんて言ってきたんだ!?」
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