【43話】決着


 ゆったり立ち上がった凶王。

 

 右腕を失い、胸部には深い打撲痕。

 見るからに満身創痍といった状態だ。

 

 にもかかわらず、凶王は楽しそうに笑い声を上げている。

 体はボロボロなのに、生き生きとしていた。


「人間の少女相手に、この姿を晒すことになるとはな!」

 

 体の状態と表情が矛盾している。

 凶王のそんな姿に、ユウリはとてつもない不気味さを感じた。

 

「今ので死んでいないとか……冗談きついぜ」

「驚くのはまだ早いぞ。フンっ……!」


 ちぎれていた凶王の右腕が、ニョキニョキと生えてきた。

 あっという間に元通り。とんでもない再生能力だ。

 

(マジかよ。せっかく頑張って断ち切ったってのに)

 

 ため息を吐いたユウリは、呆れ笑いを浮かべる。

 

「なんだよそれ。まるで化け物だな」

「貴様に言われたくはないな。俺をここまで追い詰めるなど、人間の域を軽々と超えている。そういうのを何と言うか知っているか? ……化け物だ!」


 くくく、と笑い声を上げる凶王。

 

「少女、名乗れ」

「は? なんでだよ」

「貴様のような強い人間には滅多に――いや、もう一生出会うことはないだろう。ここまで俺を追い詰めた強者の名を、この胸に一生刻んでおきたいのだ」


 喜々として語る凶王の声色は、とても弾んでいた。

 ユウリという強者に出会えたことが、よほど嬉しかったのだろう。

 

 しかし、ユウリの知ったことではない。


「ハッ、やなこった。美少女以外には進んで名乗らない、俺はそう決めてんだよ」

「そうか。殺す前に聞いておきたかったのだがな。……仕方ない、名も無き少女として貴様の名を俺の胸に刻もう!!」


 凶王の体が、漆黒の光を纏う。

 何かのスキルを使用したのだろう。

 

 凶王が纏う漆黒の光は、とても洗練されていて美しかった。

 そしてそこには、強大な力のようなものを感じる。

 

 ゾワリとした冷たい感触が、ユウリの背を伝う。

 それは紛れもない、恐怖、というものだった。

 

「いくぞ」


 瞬間、凶王の姿が消えた。

 

 そして気づいた時には、凶王の右腕がユウリの体を貫いていた。

 

「え……?」

 

 いつ近づきいつ攻撃されたのか、まったく分からない。

 全力を出したユウリをもってしても、凶王の動きを捉えることはできなかった。

 

「実に楽しめたぞ、名も無き少女よ。さらばだ」


 ユウリの体を貫いている右腕を、凶王が勢いよく引き抜いた。

 

 体に開けられた風穴から、大量の血が噴き出していく。

 

(なんだ……これ)

 

 傷口が燃えるほど熱いのに、体はどんどん冷え込んでいく。

 不思議な感覚だ。これが、死ぬ、という感覚なのだろうか。

 

 貫かれたことによる傷は治らない。

 【勇者覚醒】によって治癒力が引き上げられているが、治癒が追いついていない。

 

 完全なる致命傷だった。

 

(俺は、このまま死ぬのか? 約束も果たせないまま……)


 頭に思い浮かぶのは、ここへ来る前にみんなと交わした約束。


 

「みんな、俺は絶対帰ってくる。この国を守るために、ちょっと勇者になってくるわ!」


 

(ふざけんな……! 俺はみんなの元へ絶対帰るんだ! こんなところで死んでたまるかよ!!)


 絶対に諦めてたまるか。

 そう強く念じたとき、ユウリの脳に無機質な声が流れてきた。

 

『【勇者覚醒】を発動した状態で生命の危機に瀕したことを確認――【伝説の勇者】の解放条件を達成しました。スキルを発動することで、【勇者覚醒】を超越する力をその身に宿します』


 この声を聞くのはこれで二回目。

 初めて【勇者覚醒】を発動したとき以来だ。

 

 体が死へと向かっているせいか、内容がうまく頭に入ってこない。

 

 だが、今はこれに賭けるしかない。

 そう思ったユウリは、新たなスキル名を口にする。

 

「【伝説の勇者】」


 ユウリの体が、神々しい白の光を纏った。

 瞬間、とてつもない力が溢れて、体中を満たしていく。


 それだけではない。

 腹に空いた大きな風穴が、みるみる塞がっていくのだ。

 

 つい先ほどまで、致命傷を受けて死にかけていたはずのユウリ。

 新たなスキル【伝説の勇者】を発動したことで、完全復活を遂げていた。

 

「……貴様、なぜ死んでいない。それに、その光はなんだ!?」


 目を大きく見開いた凶王。

 ユウリの変わりぶりに、驚愕を隠せていない。

 

「さあな、俺もよく分からない。ただこれで、お前に勝てる気がする」

「何を意味不明なことを! ならば試してやる!」


 ユウリの体を再び貫かんと、凶王が右腕を突き出してきた。

 

 先ほどはまったく見えなかった、その動き。

 しかし今は、ハッキリと見える。

 

 余裕をもって避けたユウリは、左手で凶王の顔面を鷲掴みにした。

 

「【ファイアボール】」


 凶王の顔面へ、左手から業火が放たれる。

 ゼロ距離で放たれたその業火が、凶王の体をすっぽりと包んだ。

 

「ぐわああああ!」


 地面にのたうち回る凶王。

 両手を使って必死に火を払いのけようとするが、業火の勢いはまったく衰えない。

 

「さて、終わりにしようか」


 のたうち回る凶王をまたぐようにして立ったユウリ。

 両手で握ったヒノキノボウルグを、頭上高くに振り上げる。

 

「貴様! 絶対に許さんぞ!!」

「そうか。お前にどう思われようが、別にどうでもいいよ。じゃあな」


 ためらうことなく、ユウリは凶王の喉元を一突き。

 

 凶王の瞳から色が消える。

 

 それはまさしく、命が終わった瞬間。

 そして、大切な人を守るための戦いが終わったことを証明していた。

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