軍事オタクの豚として、最初は剣術と軍略を読んでいたはずだった。
これは異世界戦記だ。そう思って読み進めていた。
ところが死んだ男剣士が敵の改造兵として蘇り、自分の身体を確認したところで、重大な戦況変化が発生する。
女になっている。TSが突然増援として到着するのである。しかも味方ではない。豚、大混乱である。いきなり戦線からはるか後方に浸透し、補給所も野戦病院も占拠し、これまで存在しなかった領域にTSという性癖の旗を掲げ始めたのだ。
本作ノTSが恐ろしいのは、転生特典でも、美少女化のご褒美でもないところだ。
主人公(ヒロイン)の記憶は歴戦の男剣士で、外見は華奢な少女。力は弱く、剣は重く扱えない。周囲からは守られる側に見られ、ときには性的な視線まで向けられる。
だが剣術思想だけは、男だった頃から変わらない。
それは、乗員と戦闘教義を残したまま、重戦車が、車体だけヘッツァーへ積み替えられたようなものだった。砲塔はなく旋回も遅い。側面を見せれば脆い。それでも、正面を向け、地形を選び、敵が射線へ入る瞬間を待てるなら小さな車体にも、戦車を殺すだけの思想は残る。装甲が薄いなら、被弾しないければいい。敵の力を受け止めず、流す。
修行で最初に叩き込むのも攻撃より回避である。どれほど強い技を持っていても、先に死ねば次の一手はない。その思想が積み重なり、終盤には圧倒的な体格と筋力を持つレックスすら、フラッチェの技術を前に本気で恐れるところまで到達する。
ここが最高にいやらしい。弱くなったから、強くなった。男の身体を失ったから、男だった頃には届かなかった剣の極地へ近づくのである。
力の不足を補うために磨いた技術が、やがて力そのものを支配していく。
TSが外見を可愛くする属性ではなく、戦闘教義の制約として働いていく。
本作のTSの恐ろしさは、これでまだ序の口である。
フラッチェ本人は、自分を男だと思っている。魔族の失敗作だとも思っている。
小柄な身体を侮られ、少女として見られるたびに困惑する。
肉体労働では役に立てず、工兵たちの隅で小さくなる一方、剣を抜けば誰よりも強い。
見た目は庇護対象、実態は国軍の守将。
中身は男で身体は女。
周囲の男から性的な執着まで向けられ、親友からは恋情を告げられる。
TSによって、敵味方識別装置までもが壊れてしまっている。
友情なのか、好敵手なのか。親友を好きになることになるのか。
TSによって身体だけでなく、これまで築いてきた人間関係まで崩されていく。
ここでもう完敗である。性癖が生えてくるどころか、感情移入してTSこそが正義という派閥まで脳内で組みあがってしまう。
そして、その混乱と並行して、作品は極めて真面目な軍事思想を積み上げる。
天才軍師ミーノは、敵を分断し、補給線を切り、退路を塞ぐ。勝利のためなら住民も兵士も、自分自身すら資源として計算する。彼女の作戦は合理的であり、国を発展させ、多数の命を救っている。だが合理的だからこそ、目の前の一人を切り捨てることにも迷いがない。
正しい戦略。そして容赦なく描写されるTSにもう情緒はぐちゃぐちゃである。
本作は最後まで、TSという地雷原にさらに対人地雷を追加してくる。TSなのにTSじゃなかった。魔族の実験体だったのに実験体じゃない。もはや何を言ってるかわからないが読了するとわかるだろう。
もはや文字にすると混乱の極みであるが、まさきたま先生のテンポのよい会話と描写が圧倒的であり、読了すると、何の疑問もなくすとんと納得するのである。
身体や記憶は誰のものか。敵が作った兵器は、敵の命令に従わなければならないのか。
男の記憶を持つ少女は、男として生きなければならないのか。
あらゆる概念がTSした異世界。
これこそ、最高に〖TS〗異世界 現地主人公モノ していると。