第47話「ボールですか?」
次の日、俺は駅まで琴音さんを迎えに行った。
たぶんもう道は覚えていると思うが、念のためだ。もしかしたら琴音さんが方向音痴……なんて可能性もゼロじゃない。さすがにそれは失礼だろうか。
しばらく駅で待っていると、電車が来た。これに乗っているはずだが……と思っていたら、改札の向こうから琴音さんがやって来た。
「大河さん、こんにちは。今日はありがとうございます」
「こんにちは、いえいえ、じゃあ行こうか」
琴音さんと一緒にうちまで歩いて行く。琴音さんがそっと俺の腕をつかんできて……あ、な、なんだか腕を組んでいるみたいだな。ちらっと琴音さんを見ると、今日も横顔が綺麗だった。
外は少し曇り空。まだ夏日や真夏日になる日も多いが、一応秋なんだよな……なんだかよく分からなくなるな。
風がひゅうっと吹いた。今日はちょっと風が強いのか。
「風が強いみたいですね」
「ほんとだね、あ、琴音さんの髪が……」
「大丈夫です。でもとめてきた方がよかったかもしれませんね」
そう言って琴音さんはニコッと笑った。
髪を下ろしている琴音さんも、それはそれは可愛いもので……俺は勝手にドキドキしていた。
二人で話しながら、うちまで来た。玄関を開けて「ただいまー」と言うと、奥から母さんがやって来た。
「おかえり、琴音ちゃんいらっしゃい」
「こんにちは、すみません、今日はおじゃまします」
「いえいえ、いつも大河がお世話になっているわね。さぁ上がって。大河、部屋に案内しなさい。お茶とお菓子持っていってあげるわ」
「あ、うん、琴音さん上がって、俺の部屋に行こうか」
「はい、それではおじゃまします」
琴音さんが靴を揃えて上がった。そのまま俺の部屋に案内する。
「どうぞ」
「おじゃまします。大河さんの部屋はいつも綺麗に片付けられていますね」
「あはは、そうでもないと思うけどね。あ、そこ座って」
「はい、じゃあ失礼して……」
テーブルの前のクッションに、琴音さんが座る。そのとき、コンコンと部屋の扉がノックされる音が聞こえた。母さんがお茶とお菓子を持って来てくれた。
「はい、どうぞ。琴音ちゃん、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
「ふふふ、大河、襲ったりしないようにね」
「なっ!? そ、そ、そんなことしないって!」
笑いながら母さんが部屋を出ていった。
「ご、ごめん、母さんが変なこと言うから……」
「い、いえ、大河さん、女の子を襲ったりするのですか?」
「え!? い、いや、しないよ、大丈夫」
「冗談です。ちょっとからかってみたかったのです」
か、母さんも琴音さんも、ドキッとするようなこと言うな……。
「あ、机の上、勉強していた形跡がありますね」
琴音さんが俺の机を見て言った。
「ああ、うん、一応できることはやっておこうと思って」
「そうでしたか、素晴らしいですね。大河さんが勉強するようになって、私も嬉しいです」
「うーん、まだ分からないことも多いんだけどね……琴音さんみたいにトップオブトップに一度でいいからなってみたいよ」
「なれますよ。あ、そのためには私を倒さないといけませんね。受けて立ちましょう」
「い、いや、さすがに勝負にならないからやめておくよ……あはは」
勉強をしてみて分かったのが、琴音さんは本当になんでも知ってるなということ。やはりこれまでの勉強量が違うのだろう。すごい人なんだなと思う。
「いつか、私が一番で、大河さんが二番になる日が来るかもしれませんね」
「う、うーん、そのためにはまだまだ頑張らないとなぁ」
「大丈夫ですよ、少しずつ理解していけばいいのです……って、あれ?」
そのとき、棚の方を見ていた琴音さんが不思議そうな顔をした。なんだろうと思ったら――
「あれは……ボールですか? あのサイズだと……野球? のボールでしょうか?」
琴音さんが棚の方に行き、置かれていたボールを見ていた。
「……しかも、何か書かれてありますね。『大河、がんばれ!』『負けるな!』とか……」
俺はそれを見て、胸がちくりとしていた。しまった、隠すのを忘れていた。それは琴音さんには関係な……いと言いたかったが、もうここまで見られてしまっては――
「……大河さん、もしかして野球をされていたのですか? あれ? でも今は部活に入っていない……」
不思議そうにボールと俺を交互に見る琴音さん。俺は胸がドキドキしていた。このドキドキは緊張感からくるものだ。でも、見られたからには話さないわけにもいかない。ごまかすのは無理だ。
俺はすーっと息を吸い込み、こう言った。
「……うん、俺、中学まで野球やってたんだ」
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