第33話 捜査


――とある名もなき追剥ぎ視点――


今年の梅の咲くころに、村があやかしの襲撃を受けてからというものの、俺の日々はさんざんだった。


あやかし襲撃のどさくさに紛れて、むかつく叔父とその家族をぶち殺したまではよかった。

叔父を殺して、あやかしのせいにして、田畑をまるごといただこう。

ゆくゆくはその富をもってして村一番のあの娘に求婚しよう。

そうおもった。


だが、それを村のギゴ爺にみられていた、というのがケチのつきはじめだった。

最初は「まあいい、あやかし襲撃のどさくさでうやむやにできるだろう」と高をくくっていたが、ぜんぜんそうはならなかった。


普通に村人たちに殺されかけた。


考えてみれば村人たちの中にはムカつく叔父の親戚もいれば友人たちもいたのだから、うやむやにできるわけもなかった。


着の身着のまま、大慌てで逃げ出して、とりあえず都にたどり着いたのが春先のこと。

なにもかんがえずに『都にくればなにか食い扶持があるんじゃないか』とおもって来たが、そう間違っていなかったのかもしれない。


というのも、都の西側を流れる川の河原が、ちょうど俺と似たような奴らの吹き溜まりみたいになっていて、そいつらと一緒に追い剥ぎや死体剥ぎをやっていれば、まあ、なんとなく食っていくことくらいはできたからだ。


だが、なんとなくみじめに食っていくだけで満足できる俺ではない。


河原にはほかにも、二十人ばかり、似たようなやつらがいた。そいつらのことはあまり知らない。

しだいしだいによくつるむのは三人くらいになった。

フダさん、ヤミジ、とよんでいた。


「いつかデッカイ男になってよぅ、女をたくさんはべらせてよう」


「だなあ、そんためにゃ一山あてにゃ。デカいヤマこなさんとダメだ」


「あぶない橋も渡らにゃならんのちゃうかな」


いつも目をギラギラさせながら俺たちははなしていた。



気が付いたら夏になっていた。


「デカいヤマがある」

とはなしをもってきたのはフダさんだった。


「なんだい」


「人さらいだ」


「だれをさらうんだい」


「しらん。坊さんらしい」


一瞬心がひるんだ。罰当たりだ、と。


「ひるむな。あぶない橋もわたらにゃ」


「それもそうだ」


「報酬はおもうまま、らしい」


「本当かそれは、騙されてないか」


「前報酬もすでにもらった」

そういってフダさんがみせたのは小粒の金だった。


「信じてみてもいいとおもった。だれにもいうな」


「わかった」



指定の場所には牛車が用意されていた。

ざんばら頭の男――どうやらこいつが依頼主らしい――は、俺たちが来るなり指示を出した。

ざんばら頭の男をジロジロみる余裕もなかった。


「お前と、お前。牛車の中に隠れてろ。はやく入れ、ほらほら。お前は、牛飼い童のふりをして牛の前を歩け」


こんなに間近に牛車をみるのも初めてだったし、乗り込むのなんてもっと初めてだった。


「牛車ってのは、貴族の中でも金持ちしか乗れないらしいぜ」


ヤミジがきたない顔を歪ませた。笑っているつもりらしい。


「オレが合図したら、牛車から飛び出して、目の前にいる坊主をふん縛れ。そして即座に牛車の中に連れ込め。オレが五を数える間にやれ。さもなくば命はないものと思え」




揺れる牛車のなかで、いろいろなことを考えた。


財物を手に入れたら……。河原にいる奴らを財物で集めて、村に復讐しに帰るのもいいかもしれない。俺を殺そうとした奴を皆殺しにして……。

いや、そんなことよりも、貴族みたいに立派な服をきて、こんどこそあの娘に求婚するのもいいだろう。

バカな連中ばかりだ。錦のひとつふたつ買うて帰ればお咎めなしだろう。



牛車が止まった。

すだれが開いた。


狙いはこの坊さんか。

こちらには気づいていない。


明らかに身分のある坊主だった。

身近にいる乞食同然の濫僧らんそうではない。

一瞬ひるんだ。


「いーち」


ざんばら頭が数え始めた。


「にーい」


ヤミジとおれは大慌てでとびかかった。

ヤミジが坊さんを引きずり倒した。

俺は坊さんの脚をひっつかんだ。


「さーん」


牛飼い童のふりをしていたフダさんが暴れる坊さんの腕をひねる。


――ごきっ

音が聞こえた。多分坊さんの骨が折れた。


「ウガアアアア!」

坊さんはますます暴れる。

まずい。周りにみられるんじゃないか。


見回すと、俺らのほかにも牛車が二台とまっていた。

そこからおなじような追剥ぎか、浮浪者みたいなのが飛び出して、あたりの人間を殺して回っている。


口封じだ。


「よーん」


俺とヤミジは大慌てで坊さんを牛車の中に連れ込んだ。


「ご。ちょうどだ」


そして猛然と牛車が走り出した。

暴れ牛だ。



どれくらい牛が走ったのかわからない。

暴れもがく坊さんを抑え込むのに必死だったからだ。


途中で縄があったことを思い出し、狭い牛車の中でどうにかこうにか縛って猿ぐつわをはめたとき、ようやく牛車が止まった。


簾があいた。


「おう、降りてこい」


ざんばら頭がいた。


あばら家だった。どこかはわからない。

あばら家といっても、よくある庶民の町屋というよりはどっかの貴族の御屋敷のようにもみえた。


「クソ、このくそ坊主が。いってーな」


ヤミジは手から血をだらだらと流している。

坊主にかみちぎられたのだ。


他の牛車はいない。俺らだけみたいだった。


「フダさんは?」

手の流血を抑えながら、ヤミジがきょろきょろと周囲を見回す。


「あれ、みえねえな。すんません、フダさんはどこっすか?」


「フダさんってだれよ。ああ、もう一人の男か。あとからくる。ほかの牛車と一緒にな。ほらなに、この勢いで牛が走ったからな」


「あ、そういうことでしたか」


「そうだそうだ。そんなことより、その坊主をつれてさっさとなかにはいれ。みられたら、ことだぞ」


「へえ。おい、ヤミジ。俺が頭側を持つから、お前は脚をもってろ」


「うるせえ、オレに指図するんじゃねえ。いてー」


クソ、フダさんがいないとまともに仕事もできないのかこいつは。


「四の五の言うな。いくぞ。せーのっ」


俺とヤミジは二人がかりで坊主をかかえこむと、ざんばら頭につづいてあばら家にはいっていった。

崩れかけた館にはいるとき、馬蹄が聞こえた気がした。


「どのへんまでもってけばいいですか」


「そうさなあ、うん、奥の方までたのむよ」


「へーい。それで、お約束のものなんですがね、いついただけますかね」


「ああ、奥の方まで運んでくれたら、それでおまえさんらの仕事は終わりだ」


これで大金がもらえるなら、やったかいがあった。ラクな仕事だったぜ。


俺は村に錦を飾る日を夢想した。

今から都を出ても、夏がおわるまでには帰れるだろう。だが、あまり早くに帰っても田んぼ仕事が大変だ。

特に夏は、稲の葉先が目に入って痛いんだ。

そうかんがえると秋も更けたころに帰るようにするのがいいかもしれない。


とそのとき、手にかかる重さが急に増えた。

ヤミジのやつが手を離したに違いない。


「ヤミジ、てめー、手が痛えからってサボってるんじゃねえぞ!」


俺は激高して振り向いた。


ヤミジは、首から血を噴き出して倒れこんでいた。

びくっびくっと、くたばり損ないの蝉みたいに震えていた。


太刀を手にした男もいた。

男と目が合った。

男は、太刀をまっすぐこっちに突き出してきた。


俺が最後に目にした光景は、その男のふるう太刀に反射する、奇妙に歪んだ自分の顔だった。




――日出洲ひいすの維葉これは視点――



都の夏は暑い。

盆地だからか、特有の暑さがある。


「旦那、ぜんぜん口を割りゃあしません」


場所は一条堀川の戻橋もどりばし

都の北端、というかほぼ外れである。

宮殿の近くであるにも関わらず、裏側、みたいな感じになっていて治安が悪い。


その筋の人たちからは『殺しの名所』ともよばれている。


その都のはずれのあばら家に、三人の男がいた。


一人は日出洲家の嫡孫(自称)こと維葉これはである。

今は検非違使の装束ではない。薄汚れた水干(庶民の普段着)姿である。

しゃがみこんで、己の裾で、手に持った太刀の血を拭っている。


その後ろには、浮浪者の死骸が二体。

流れた血や漿の跡はまだ鮮やかだ。糞尿のにおいも立ち込めている。


もう一人は、ざんばら頭の男である。


維葉これはに「旦那」と呼びかけたのはこの男である。

小柄で貧相だが、目がぎょろりとしていて如才なさそうにみえる。

暑さからだろうか、筒袖(浴衣みたいなシンプルな着物)の袖の部分を切り離している。

ざんばら頭も相まって、かなりファンキーな装いであった。


「ウシ丸、お前は水を汲んで来い」


「へーい。いやー、あちーあちー!」

血まみれの棒を投げ捨てて、ウシ丸とよばれた男は立ち上がる。


三人目は、僧形の若い男であった。

いうまでもない。ウシ丸が浮浪者を使ってさらってきた坊主である。


猿轡はされていない。体を縛り付ける縄もない。

逃げる心配をしなくていいからだろう。


両の脚はすでにつぶされていた。

ウシ丸が、血まみれの棒で叩き潰したのに違いない。

おそらく一生歩くことはできない。

北嶺寺で一番の僧侶の法力をもってしても、みぞれのように潰れた脚を直すことはかなわないだろうから。


気を失っている坊主の顔にびっしりと浮いた汗は、夏の暑さのせいではあるまい。


いったい何事か。

なぜ、かくも凄惨な拷問がおきているのか。



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