墓戸の一族
「ルー坊は才能があるし、優秀じゃな。
カッ、カッ、カッ――と、
その笑い声は、山の谷間に響き渡り、深い
祖父はかつての名声を誇りにしているが、その
品のない感じがして
いつものことだし、慣れたものだ。とはいえ、心の中ではやはり、何かが引っかかる。
「優秀……か……」
祖父が去り
祖父の言葉に、
わかっている。
僕は、生来、極端に気が弱い性格で、何をするにも
あの聖母のように優しい母でさえ、近づいて声をかけるには勇気がいる。
武術や魔術の修行、そして学問も、
祖父の指示に
その結果が「優秀」という評価。
気がめいるばかりだ。
自分も男であるから、物語の
だが、読み終わって、空想の世界から現実に
今のままでは、いけないと思うものの、何をどうしたらいいのか、雲をつかむようでわからない。
主体性の
それでは、僕は不幸なのだろうか? いや、そんな考えは
もっと深刻な不幸にあえぐ人々は、世の中に数え切れないほどいる。
食うに困る下層民や
彼らに比べれば、僕の悩みなど
このような状況下で、僕は周囲に
◆
一〇歳となったある日。魔術の修養のときに、何の前触れもなく厳しい声で祖父は言い放った。
「ルー坊は、もう一〇歳。そろそろ従魔の一匹や二匹は従えられるじゃろ。やってみなさい」
従魔の
意を決して率直に尋ねる。
「悪魔エリゴモリーの
「何じゃと?」と祖父の
(ちょっとレベルが低かったかな……?)
だが、否定されなかったので、
まごまごしていて、
朝の冷たい空気が漂う山腹の荒野の中央に立ち、深く息を吸い込んだ。指先がかすかに震え、冷や汗が額を伝う。
意を決して、呪文を唱え始めた。
「悪魔エリゴモリーよ、我が声を聞け。
地面に魔法陣が浮かび上がり、淡く
周囲の空気がぐっと冷たくなり、息をするたびに胸に冷気が刺さるような感覚が広がる。
魔法陣の中心から、黒い
その
頭上の木々はざわめき、鳥たちは鳴き声をあげて飛び
何かが異常だ――ただの
大気が
「――鳴り響け、鳴り響け、鳴り響け。響き渡り、
今ここに
言葉が発されるたび、周囲の空気がさらに重くなる。
魔法陣の光はますます強まり、地面が震えるような音を立てた。
しかし、何かが違う……何かが……僕は違和感を禁じ得ない。
「――
ますます濃くなった黒い
そして、その中心から、恐ろしい低音の
「え……?」
瞬間、息をのんだ。初級レベルの
――これは何か、違う……。
巨大で、
「くっ――何で……?」
僕は後ずさろうとするが、恐怖で足が動かない。
こんな恐ろしい
グルーッ! ――と、
二つの頭が、それぞれ異なる音で
僕を
目の前に立つ僕を格下とみて、支配しようとする野性の欲望だけが宿っている。
従魔は、
従えるには、主人としての絶対的な強さを示し、服従させたうえで、
「まずい……!」
必死に
次の瞬間、
「くっ‼」
次の瞬間、重く鋭い前足の一撃が風を切って僕の左肩を襲う。
肩口から熱い血が噴き出し、
痛みは鋭く、胸が激しく上下し、世界が一瞬
だが、その痛みで意識が
墓戸の一族として、格闘術や武術はひととおり
「くそっ! 剣でも
魔術の訓練と思い込んでいたせいで、何の備えもしていなかった。
なんと浅はかな……「
だが、その感覚が――不思議なことに――意識の深層の本能めいた異様な感情を呼び起こした。
「逃げるな……戦え……」
心の奥底から声が聞こえるようだった。
恐怖にすくんでいたはずの体が、急に熱を帯びていく。
もはや、己の肉体を武器に戦うしかない。
とはいえ、死線を
「急所は、人間であれ犬であれ同じだ!」
今度は、こちらから
次の瞬間、自然と体が動いていた。思考よりも先に体が反応し、
二つの頭の片方の
「はは……!」
気づけば、僕は薄ら笑いを浮かべていた。
奇妙な
「もっと……もっとだ……!」と、心の中で何かが叫んでいた。
僕は、それに従うかのように、再び
「何やってるんだ……!」と、頭の
はぁ、はぁ――と、荒い息をつきながら、血まみれになったその姿を前にして、僕は立ちすくんでいた。
体は痛みを覚えているのに、心は
「……僕は……どうして……?」
ゆっくりと血まみれの
僕は
僕は身震いした。戦いに勝利したはずなのに、心の中で芽生えたこの感覚が恐ろしかった。
「僕は……いったい、何をしているんだ……?」
その問いに答える者は誰もいなかった。
勝利の
血まみれ
我に返り、すぐに
「
汝は
汝の名を
これで「マグナス」と名付けた
マグナスは、先ほどまでの凶暴さを完全に失い、手のひらを返して、クーンと甘えたような声を上げている。
「わかったよ。今、傷を治してやるから」
マグナスを
顔をしかめながら、その傷にも手を当てた。これも魔術で治す。
これで終わりだと、祖父を見ると、心ここにあらずといった様子だ。
「おじいちゃん?」
祖父は、はっと突然我に返った。まるで夢から覚めたかのようだ。
「やはり、ルー坊には才能があるようじゃの。だが、これに慢心せず精進しなさい」
その言いぶりは、心がこもっていないようにも感じる
──なんだかんだ言って、まだ未熟者ということか?
いつもは、早朝から朝にかけて魔術を修練し、続いて武術の
それが終わったら、自宅に帰り
そして、午後は自由時間であり、
今日は、従魔の関係で手間取り、正午の
自宅の前では、母エレナと妹ソフィアが落ち着かない様子で待っていた。
母は、僕の姿を認めると、一目散に駆け寄ってきた。
「ルーちゃん! ケガをしたんでしょ! 大丈夫なの?」
傷は治したものの、服が血で汚れてしまっている。それで心配をかけてしまった。
申し訳ない気持ちで、いっぱいになる。
「ごめんなさい。従魔を従えるのに手間取ってしまって……。
でも、傷は自分で治したから、何ともないよ。少し血が出ただけだから……」
「それなら、いいけれど……剣術の
有無を言わさず、母は僕を抱きしめる。
胸に押し付けられた
母は、家族のひいき目を差し引いても美人だ。
金髪と緑の
そんな母は、幼少の頃からずっと僕を
「兄さま……心配させないで。あたし……絶対に兄さまのお
ソフィアは、幼い頃から異常なまでに僕に
いまだに
彼女は、もう八歳──あと一、二年もすれば兄離れしてくれるのだろうか?
僕は、社交性が皆無だ。
対して、妹のソフィアは、
町での
彼女には、
茶髪で茶色の
ふくよかな体形で、美人というよりは、かわいくて
騒動が収まり、
「今日は従魔を従えたのだろう。どんなやつか見せてみなさい」
父は、黒髪と青い
性格も正義感が強く、
剣術や馬術の腕前は、すべて父から叩き込まれたものだ。
墓戸の一族が代々使う武器は「黒鉄の剣」。それは、
さすがに、室内で見せるにはマグナスは大きすぎたので、家族そろって広い庭へと出た。
「マグナス!」と、僕が呼ぶと、影からマグナスが瞬時に現れた。
どうやらマグナスは、影に自由に出入りできるようだ。
その光景を目にした瞬間、祖父以外の家族全員が
僕は、その理由を、にわかには理解できなかった。
だが、マグナスの存在といい、影に出入りできることといい、どうやら異例ずくめだったようだ。
◆
ガウデンツィ家は、古語ではガウデンティウス家といい、古来から
コームルス帝国には、その誇りたる聖エレシア山がある。周辺の山々を圧倒する高さで、山頂には宇宙の創成とともに生まれたとされる
人竜は、普段は人の姿を保っているが、必要に応じて真の姿である巨大な竜へと
神殿の背後に「王家の谷」があり、そこに歴代皇帝の
このため、
魔術には、
これにより、歴代
ガウデンツィ家は、聖エレシア大神殿を抱えるプロテクテレシエの町を統治する領主であり、また帝国からは
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