1話 つかの間の平穏
「んん~~っ」
眩しい朝日が差し込む朝。
私は自室のベットから起き、身体をぐっ、と伸ばす。
すっかり癖になってしまった私にとって意味の無いルーティーンを
「ふぁぁ…………」
気の抜けた声がつい漏れるが、まあそれも仕方が無いと自分に言い聞かせる。
私、リリィ・ルナテアはしばらくの間戦場に引っ張りだこで、正直気疲れしていた。
あっちこっちへと飛び回っては機械兵器をなぎ倒し、兵士を無力化させて制圧、これの繰り返しだ。
各地の制圧を一通り終えて戦線を押し上げ、しばらくはフローヴァ軍に現地調査を任せている以上、私が必要以上に動く必要が無いらしい。
そうして戦地からこのフローヴァ中央都市に戻ってきた私は数ヶ月ぶりの休日を
「うーん、何しよ……」
私は久しぶりの休日に、手持ち無沙汰になっていた。
こうした休日を貰えることが決まったタイミングでセレーナにどこかで遊ばないかと連絡したのだが、
「あ~ごめん。その日はどうしても外せない予定があるんだよね」
と珍しく断られてしまった。
久しぶりに彼女に会いたかったのだが、ちょっと残念だ。
私は頭をうんうん
最近は気温も暖かくなってきたから、活発な感じの服装も良さそうだ。
「よし、これにしよう」
ベージュのカーディガンに黒のスカート。
私は鏡の前に立ち、変じゃないか確かめる。
……こういう雰囲気の服も、結構いいかもしれない。
ちょっと無骨な鉄の足がスカートの中からちらりと見えるのは気になるが、まぁそれでも差し引いても可愛い感じでまとまってはいる、かも。
「……う~ん」
着替えを終え、鏡の前で頭を
こうして服装は決まったものの、特に行く場所は決まっていないのが問題だ。
今日は天気も良いし絶好のお出かけ日和なのだが、セレーナがいない以上、何処に行っても物足りない感じがする。
……こうして部屋の中で考えていても、何も結論が出ない気がする。
私はそのまま開発局内を少しうろつくことにした。
部屋を出て、廊下を見渡す。
「……そういえば、今日はクリス博士もいないんだっけ」
クリス博士も珍しく今日は休日、つまりこの兵器アンドロイド開発局にはいないのだ。
正直、彼は普段働き過ぎなくらいだから、もっと休日があってもいいんじゃないかとは思う。
とは言っても、私たちアダバナが戦地で戦い続けている都合上、それに
その事実を噛みしめ彼に感謝しながら、この貴重な休日を過ごさなければ。
「……今日、結構人少ないな」
普段だったら私たちアンドロイドのメンテナンスや性能テストのために開発局の職員が忙しく働いているのだが、今日は誰もその予定も無い。
私だけではなく、ソレイユやリコリスもこの開発局にはいないようだ。
……あれ?でも今日は二人とも出撃の予定はなかったはず。
となると、この開発局にはいるはずなのだが、その様子はない。
何より、普段だったらこのタイミングでソレイユが真っ先に私に飛びついてきたりしているはずだ。
「二人とも、どこ行ったんだろ」
私はたまたま近くを歩いていた開発局の女性職員に声を掛けた。
「すいません。ソレイユとリコリスを見かけませんでしたか?」
「いいえ、見てないわ。確か、二人とも外出していたはずよ」
「分かりました。ありがとうございます」
私はそう言って廊下を後にして、開発局の玄関口へと歩いていった。
……そういえば、二人は休日とかは何をしているんだろうか。
彼女たちと出会って半年以上経つが、開発局内や戦場での様子しか私は知らない。
「……ちょっと、探してみよっかな」
私は足早に、フローヴァの街へと繰り出していった。
開発局の玄関ホールから外に出ると、暖かい日差しが街を照らしている。
もうすっかり春だ。
私はとりあえず、その辺を適当に散歩することにした。
「二人の行きそうな所って、どこだろ?」
リコリスはともかく、ソレイユは戦場で暴れ回れるのが結構好きそうな様子があった。
となると、彼女はそもそも身体を動かすのが好きな可能性がある。
身体を動かせそうな場所……例えば、公園とかにいたりするのだろうか。
ソレイユって子供っぽいし。
私は携帯端末を取り出し近くの公園を検索すると、示された検索結果は三件。
ここから東に2キロの場所と、西に1.5キロ先、さらにその近くにもう一つある、といった感じだ。
まずは西の方角にいってみようか。
私は太陽が昇ってくる方とは真逆に、あまり普段行ったことのない道を歩いて行った。
こっちの方角はあまり行ったことがなく、近くに公園があることさえ知らなかった。
……この辺の地理を知っておけば、今度セレーナと遊ぶときに案内できるかも。
普段は彼女に連れて行ってもらってばっかりだったが、たまには私が彼女の手を引いて歩いてみたい。
そのためにも、この辺の面白そうな場所や店を確認しながら、ソレイユ達を探してみるとしよう。
……そういえば、彼女らも携帯端末を持っていたはずだが、連絡先を交換していなかった。
今度交換しとこう。
見慣れない街並みを眺めながら、私は西へと進んでいった。
時間は午前十一時、太陽の明るさが届きやすい時間。
気温は暖かく、街路樹も桜の花を付けていてとても綺麗だ。
人の行き来も多く、まさに平穏そのもの。
……こうして街や人々の様子を見ていると、私も頑張らなきゃ、って思える。
この街に暮らす人々のために、私は戦っているのだから。
「……とは言っても、休むのだって大事だよね。うん」
私は身体の力を抜いて、ゆっくりと街を歩いていった。
人の動きも気持ちゆったりとしていて、穏やかな感じだ。
しばらく歩いていると、広めの公園が目に入る。
緑の芝生が辺り全体に生えていて、所々にベンチや遊具が設置されている。
木々も多く、恐らく自然公園といった形をとっているのだろう。
家族連れや年配の人など年齢層は様々で、まさにこの街に住む人々の憩いの場、といった雰囲気だ。
「はーっはっはっはー!!!」
突然、穏やかな公園の様子を変える、聞き覚えのある声がした。
「何だよお前!最近仲間になったくせに!」
今度は男の子の声。
声が聞こえた方向を見ると、数人の男の子とジャングルジムの上に小さい人影───ソレイユがいた。
「さっき、かけっこで勝ったらリーダーしてやってもいいって言ってたよね?じゃあ圧倒的勝利を収めた私が新しいあんたらのリーダー、ってわけ!」
「うぐ……!じゃ、じゃあ、今度はドロケイ!ドロケイで勝負!ソレイユがドロボーで、俺らがケイサツな!」
「オッケー!また圧倒的に勝っちゃうからね!」
どうやら子供達と遊んでいる……のだろうか?
少し揉めているようにも見えるが、楽しそうにも見える。
何だかんだ仲は良さそうだ。
彼女に近づきながら、声をかける。
「おーい!」
「あ、お姉ちゃん!」
こちらを見て、ジャングルジムから飛び降りてこちらに駆け寄る。
「ソレイユ、普段からここで遊んでるの?」
「うん、遊んであげてるの」
「うん…………?」
つい、納得と疑問が入り交じった声が出た。
「私がお姉ちゃん兼リーダーとしてこの子たちを率いてるってわけ!」
「は、はぁ…………」
……ちょっと会話に
「おーい!逃げるのかー!」
遠くの子供達がソレイユに呼びかけている。
「ドロケイなんだから逃げるに決まってるでしょー!とっととかかってこーい!」
ソレイユも大声で子供達に答える。
「……あ、そういえばリコリスは何処行ったか知ってる?」
「リコリス?あー……確か教会に行くって言ってた気がする」
「教会、か…………」
以前から疑問だったが、リコリスはなぜ戦闘時に聖職者のような格好をしているのだろうか。
私達の戦闘時の装備はある程度私達の好みが入っている部分もあるが、あの格好は彼女の趣味なのだろうか?
確かにあの白い服装は教会に似合う気がするが、だとしても何故彼女が教会に……?
まぁ、とりあえず行ってみれば分かることだ。
「分かった。ありがとう!……その子たちとは仲良くね」
「はーい!」
ソレイユは元気に手を振った後、子供達がいる方とは反対に走り出した。
子供達も彼女を追いかけて走り出す。
……こうして子供達のなかにいると、彼女も一人の少女、というよりはガキ大将っぽい気がするが……。
……まあ、楽しげだからいっか!
私は公園を後にして、教会へと向かった。
「この辺の教会というと、確か……」
中央都市に教会は何ヶ所かあるが、恐らくリコリスがいるのはアンドロイド開発局に一番近いあそこだろう。
私は来た道を戻って教会へと歩きながら、リコリスについて考える。
彼女と出会ってから半年以上が経つが、彼女についてはまだ謎が多い。
一応、私は彼女の姉……という立場ではあるが、共に任務を実行したりする時以外はあまり彼女と関わりが無い。
数少ない休日も私がセレーナの所に遊びに行ったり、そもそもリコリス自体が居ないことも多く、顔を合わせる機会は少ないのだ。
……今日は珍しく私もリコリスも休日なのだから、
そうこう考えているうちに、教会に辿り着いた。
「……ここか」
この場所───フローヴァ中央都市教会は、普通の教会と比べても大きな施設ではあるが、建物は若干古めかしい。
歴史ある建物、と言うに
「……あ」
教会を眺めていたら、玄関から見覚えのある金髪の女性と、子供達が数人出てきた。
「あら、リリィお姉様」
「リコリス、こんな所にいたんだ」
「ええ。……お姉様こそ、どうしてここに?」
「ちょっと、リコリスが普段何してるのかなーって気になったから」
リコリスが子供達と一緒に教会の玄関から出てきたが、一体どういう関係なのだろうか。
……まさか、リコリスもソレイユみたいに子供達と一緒になって遊んでいたのだろうか?
「ふふ、この子達と遊んでいましたの♪」
なんと本当に遊んでいたらしい。
……いや、いくら私より大人びた
正直子供っぽいところがあってもおかしくはない。
……そう、何だったら私ですら生まれて一年ちょっとだ。
つまり私たちは赤子も同然であって、私が見た目年齢相応の精神性を持っていること自体がヘンなのだろうか?
つまり私がきゃっきゃと大人に甘えたりしても全然まったく自然なことであって……!
「……お姉様、なんか変なことかんがえてません?」
「いいいいや全然!?なにも変なことなんて考えてないよ!!!」
「……ほ、本当ですか?」
彼女は微妙な表情を見せる。
「でも、どうしてこの子達と一緒にいたの?どういう関係?」
「ちょっと長くなるので、中で話しましょうか」
そう言うとリコリスは前屈みになって、子供達に話しかけた。
「ごめんなさい。私はこのお姉さんとお話があるから、みんなだけで遊んできてね。あんまり遠くへは行かないで、中庭の遊具とかで遊んでてほしいな」
「はーい!」
子供達はそう言って、中庭の方に駆け出した。
「……じゃあ、こちらに、リリィお姉様」
リコリスはそういって振り向かずに、教会の中に入っていく。
私もそれに続いて中に入る。
「………………」
中に入ってまず最初に目に飛び込んできたのは、大きな聖堂だった。
私が歩いている両端には木製の椅子が並んでおり、奥の方には十字架と美しい巨大なステンドグラスが太陽の光を受けて輝いている。
その空間全体の
「こちらに」
リコリスは一番奥の木製の椅子に案内した。
私はそこにゆっくりと腰を落とす。
それと同時に、彼女も椅子に座った。
「それで、どうしてリコリスは子供達と?」
「……あの子供達は、戦争孤児なんです」
「戦争、孤児……」
私が戦場に出るときは最前線、それもかなりの危険地帯だから見かけることはあまりないが、こうしてフローヴァとレクセキュアが戦争をする以上、どうしても市街地が戦場となってしまう場合……その中で、子供達が親を亡くしてしまう場合も出てくる。
リコリスが先程一緒にいた子供達は、そういった事情で親を失った子供達だったのだ。
「フローヴァ中央都市教会は、そういった親を亡くしてしまった子供達を引き取って、面倒を見ているんです」
「そうだったんだ……」
「以前、フローヴァ中央都市襲撃事件の復興を手伝っている際に、中央都市教会から支援がありまして、その時に私もこのことを知ったんです。……それ以来、ここの手伝いに暇を見つけては来ているんです」
……リコリスがたまにアンドロイド開発局から出かけているときは、ここに来ていたのか。
私たちは普段戦ってばかりだが、リコリスはその上ここで戦禍の影響を受けた子供達の面倒を見ているとなると……。
「……大変じゃないの?」
「そこまででもありませんよ。私ができることは、ちょっとした手伝い程度ですから。大体のことはここのシスターがやっています。……それに、子供達が楽しそうにしている様子は、見ていて元気が貰えるでしょう?私、あの笑顔が大好きなんです」
リコリスは教会の窓から、中庭の様子を見ている。
目線の先には、さっきの子供達が笑顔で遊んでいた。
「……私も、たまにここに来ていいかな?なにか出来るかはわからないけど……」
「……ええ、ぜひ!きっと子供達も喜ぶと思いますから」
リコリスは穏やかな笑顔でそう答えた。
そうして二人で話していると、教会の端にあった扉がぎぃ、と音を立てて開く。
「……あら、リコリスさん。そちらの方は?」
扉の先から、シスター服のお婆さんが出てきた。
「ああ、マリアさん。こちらの方はリリィ・ルナテア───私の姉にあたる方です」
「ほう、リコリスさんの姉ですか……初めまして。私はマリアといいます。ここの管理を任されているものでして」
マリアと名乗った老婆は、ゆっくりとこちらに近づき、握手を求めてきた。
「はじめまして、マリアさん」
私は彼女と握手を交わす。
「……リリィお姉様も、こちらに手伝いに来てくれるそうですよ」
「あら、それはそれは……。ありがとうございます。あなた方も大変でしょうに」
「いえいえ、そちらこそ……。私はあまり来られないかもしれませんけど……」
何とも穏やかな方だ。
彼女のこの雰囲気が、この施設で子供達が元気に暮らしていけている理由の一つなのだろうと感じられる。
「じゃあ、私はそろそろ……」
二人の休日の様子を知れたので今日はもう帰ろうとしたとき、携帯端末から音が鳴った。
「あら、私の方からもですね」
私とリコリス、二人同時に携帯端末から音が鳴っていたのだ。
となると、おそらく……
「軍の方から、でしょうね」
リコリスが携帯端末を取り出す。
私達が携帯端末を開くと、軍から「至急、開発局に戻るように」と簡潔な文章で送られてきた。
「……リコリス」
「ええ、急ぎましょう。……マリアさんすいません。急な用事ができたので、今日は帰らせていただきます。子供達をよろしくお願いしますね」
「分かりました。……気をつけてくださいね。二人とも」
「ありがとうございます。マリアさん」
私たちは彼女に挨拶して、教会を出て開発局へと向かった。
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