シュヴァルツヴァルトの歌姫~亡国の音楽魔導師ゾーイの秘密~

梨香

第一章 |大きな森《シュヴァルツヴァルト》の小さな魔女

第1話 プロローグ……|大きな森《シュヴァルツヴァルト》の年老いた魔女

 ここは、ユニア王国とサリーナ王国の間の大きな森。深くて暗い。だから、暗い森シュヴァルツヴァルトという名前だけど、誰もそんな名前では呼ばない。

 大きな森! 大陸の五分の一ぐらいあるから、大きな森で間違いじゃない。人は、その縁にしか立ち入らない。

 私は、その森の中で暮らしている魔女。年は……もう十分生きたよ。


 私が生まれたのは、森の西のサリーナ王国だけど、東のユニア王国側の森に小さな家を建てて住んでいる。まぁ、色々と事情があるのさ。


 この大きな森があるお陰で、ユニア王国とサリーナ王国も大きな戦争はない。どちらも、森から湧いてでる魔物の討伐だけで、精一杯なのだ。人間相手の戦争をするどころではない。


 あっ、私の名前はセリーナ。名字? そんな物は忘れたね! 

 私は、このまま大きな森の中で、年老いて、いつか魔物に喰われて死ぬのか? 死んで魔物に喰われるのか? どちらかだと思っていた。


 人には時々は会う。まぁ、殆どは非友好的で、私を襲って家の物を略奪しようとする輩で、森の中で眠って貰っている。墓を掘らなくても、魔物が片付けてくれるから、その点は楽だよ。


 友好的な人間とは、薬草や魔物の素材を売ったり、食べ物を買ったりという関係があったがね。

 ユニア王国の森の端にあるラング村の村長は、割と物分かりが良い男だった。

 

 ただ、彼奴なのか? 私の家の前に厄介な赤ん坊をバスケットに入れて放置したのは? 直接、バスケットを持ってきたわけじゃなさそうだけど、私の家を教えたんじゃないかと疑っている。


✳︎ ✳︎


 その日も、私は夕食の後の読書を決めこんでいた。これだけが、私の贅沢だ。

 まだ、雪は降ってはいないが、秋も深まり、風がビュービューと吹き荒れている。


 いつもなら、人の気配を見逃したりしない。この夜、新しく手に入れた本を読み耽っていたのが、あの子を育てる羽目になった原因だ。それと、風の音が煩くて、音を遮断していたのも悪かった。


 私は、かなりの魔力を使って、転移の魔法陣で王都に向かい、貯めた金と作った薬と魔石をなどを全部売って、本を三冊買ったのだ。


 若い頃、サリーナ王国で贅沢三昧な暮らしをしていた頃は、本はすぐに手に入った。

 だが、今は年に数冊! これまでの本も読み返しているけど、一字一句覚えてしまっているからね。

 

「ふぅ……。やはり新しい本は良いねぇ。何かもっと金になる物を作って、五冊は買いたい」

 栞を挟んで、満足して溜息を一つ。こんな幸せな気分を邪魔する騒音が……。本をおいた時に、音の遮断を解いたんだ。魔法の節約術は、一人で暮らす魔女には必須だからね。


「魔物かい?」

 魔物の中には、グロテスクな見かけによらず、可愛い鳴き声をするのもいる。

 それに、この鳴き声は……魔物ではない。


 このまま本に戻りたい! 嫌な予感がした。でも、これを無視してはいけない。人間の本能に訴え掛ける泣き声! 赤ん坊だ! ドアを開ける前から、厄介事だとわかっていた。


「おお、よしよし」

 ドアの前には、バスケットの中で火がついたように泣いている赤ん坊。

「まだ生まれたばかりじゃないか!」

 怒りに身体が震えた。生まれたてのしわくちゃじゃないから、生後二日程度か?


「兎に角、温めた方が良さそうだね」

 泣き声の大きさから、元気なのは分かる。

 暖炉の前で、赤ん坊をバスケットから抱き上げた。髪の毛は、まだぱやぱやとしか生えていない。金髪に見えるけど、赤ん坊の髪の毛色は薄いからね。大きくなったら違う色になるかもしれない。

 

「オシッコだ!」

 濡れた手を布で拭い、オシメになりそうな布を探す。


「女の子だ……だから捨てられたのかい?」

 森の近くの村は、貧しい。当たり前だ! 魔物が森から溢れて出るからだ。農業もおちおちしていられないさ。


 家畜も飼い難い。魔物は、家畜が大好きだからね。働き手になる男の子は、農家に歓迎されるが、女の子は……。


「おおっと、お前さんは、魔女なのか?」

 私は、はっきり言って整理整頓が苦手だ。だから、家の中には、薬草や魔物の毛皮、骨などがそこらじゅうに置いてある。

  

 乾燥させた薬草が、クルクル舞っている。


「おおっと! それは駄目だ!」

 軽い薬草なら、散らかっても平気だが、重いヤカンは赤ちゃんに当たったら拙い。


「お前さんがちょっとは分別がつくまでは、魔力は封印しておいた方が良いだろうね」


 赤ん坊の額に人差し指を当てて、魔力を封印する。

 私は、赤ん坊を育てた事はない。乳母がいれば良いのだろうが、ラング村には他所の子を育ててくれるような女はいないだろう。


 慣れない子育てをしながら、魔法の暴走まで気遣っていられない。こんな生まれたてなのに、物を浮遊させている。


「お前さんは……かなり魔力を持っているんだね」

 ぎゃーぎゃー泣き続けている理由は、子育て素人の私にも分かる。封印するのに、かなりの魔力を使って疲れたけど、ミルクが必要なのだ。


「山羊を召喚しよう!」


 この金貨があれば、本が一冊買えるが、赤ん坊が火のついた様に泣いている。


 召喚の魔法陣を描き、中に金貨を置いて、ユニア王国の何処かの農家から、山羊を召喚する。

 

「はぁぁ……疲れた……山羊の乳で駄目だったら……」


 山羊の乳を絞るだなんて、若い頃は考えていなかった。そして、赤ん坊に布に浸した乳を飲ませるなんて! ああ、これって母性本能なのか? 


「ちびちゃんの名前を考えなくてはね!」


 この子はきっと厄介事を私にもたらすだろう。でも、どうせ退屈な毎日には飽きていたのさ。刺激も良いかもね。


「お前さんは、泣き声も大きくて、生命力に満ちている。ゾーイが良い!」


 山羊の乳を飲んで満腹になったゾーイを抱っこしたまま夜を過ごした。

 魔力待ちの赤ん坊が、何故、私の家の前に捨てられていたのか? 色々な疑問はあるけど、後にしよう。疲れたよ。


 

 

 

 

 

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