届け!! 俺の愛!!

 九月に入り、夜、虫のが聞こえるようになりましたね。


 リーン。


 虫の姿は考えないようにするとして…、

 良い音です。風情があります。秋を感じます。あと、キンモクセイの香りも漂ってくれば、もうキュンキュンしちゃいます。


 リーン。


 音を文字で表現するのは難しい。うーん。体育の先生が首から下げているような笛をゆっくり吹いたときみたいな音、かな? 秋になるとよく耳にするけれど、そもそもこの鳴き声は鈴虫なのか、コオロギなのか。――ん?


 リーン。


 ちょっと待って。


 なんで?

 なんで聞こえるの? うちのベランダから。


 虫がダメなわたしは、虫が寄ってくる可能性がありそうな観葉植物などいっさい部屋にもベランダにも置いていない。いや、それよりも……


 わたし、九階に住んでますねん。


 一階だったらまだ外からピョンと迷い跳んできたのかとも思えますが…。

 ピョンと九階まで? どんな脚力やねん。

 どこから来たんでしょうね。――まあ、おそらくは、どこかのお宅にいたのが逃げたのか、ポイっとベランダから捨てられたのか。

 そういえば、夏は玄関のドアを開けて外に出たら、たまにそこでセミがひっくり返ってお亡くなりになられていることがあります。ほかの階は知りませんが、うちが九階だということと、このマンションの構造上、玄関に外からセミが飛んでこれるとはちょっと思えないので、きっと…このマンションには虫好きな子がいる…。


 あ~。どうしよ。


 窓を開けたら室内に跳んで入ってくるかもしれない。考えただけで全身鳥肌サブいぼ髪の毛総立ち。


 はぁ。コオロギ、小学生のころは平気で触ってたんだけどな。そうそう、毛虫だって、手のひらに載せて遊んでた。大人の階段を上るってこういうことかしら。


 鳴き声はひとつ。一匹か。

 いちおう調べてみる。動画もがんばって見てみる。いいやああああーーー。


 …うん、コイツはコオロギだな。

 鳴くのはオス。で、鳴き方はいろいろあるみたい。

 この鳴き方は――『ひとりなき』? メスを呼んでいる?




 泣…………。




 いや、キミ、ここじゃあかんよ。誰もおらんのよ。


 間違えた合コン会場で、ひとりぽつんとマイクを持ってたたずむ彼。

『それでは聞いてください』九階ベランダからのラブソング。

 彼の熱い想いは、かわいいあの子に届くのか。

 が、がんばれ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る