異世界カゾク

小早川葉介/五面楚歌

ママチャリと魔法少女と


 魔法少女と二人乗りをしていた。魔法の箒でもステッキでもなく、ペダルも満足に回らないほど錆びたママチャリを。それも視界も遮るほどの雨の中。


「くそ、どうなっても知らんぞ」


 口に雨が入る。雨でペダルから脚が滑り落ちそうだ。夜の田舎道は街灯すら少なく、どんどんと暗闇へ向かっていく。


「ははは、雨ってとっても気持ちいいのねっ!」


 ぎゅっと俺の腰を掴む腕に力が入った。魔法少女──ララはまるで子供のようにはしゃぐ。


 俺たちの敵は何だったか? 異世界からの使者? 魔女? 隣国の近衛兵? それとも母親、父親、児童相談所に捜索部隊? それともSNSに拡散された無数の情報か。


 細いことはどうでもいい。今の俺たちにとってそれらは全て手を取り合った一つの敵。口を開けて俺たちを飲み込もうとする大きな怪物だ。


 凹んだガードレールを横目に割れたアスファルト上をタイヤはぐるぐる回って、俺たちを何処かへ運ぶ。


「ゲートとやらは何処なのだ?」


「ずっとずっと先よ。まだまだ私たちには見えないの」


「本当に行けるのか」


「どうだろう。そんなの知らないよ」


 まったく魔法少女というのは厄介だ。何を言っても許されると思っていやがる。


「それでも行くのか」


「だって私たちには魔法少女しかないんだもの」


 思わず乾いた笑いが出た。彼女対して、かと思ったが、よく考えると同意の自分に対してだ。


 家にはお腹を空かせた小学生の弟と妹がいるのに。母の汚らしい縁に巻き込ませる訳にはいかないのに。


 ぜんぶ全部これからだっていう中学生の全てを魔法少女にくれてやる。それに後悔の欠片も無さそうなのだ。


「振り落とされるなよ」


「もちろん!」


 どんどん加速する。一秒前も十秒前も全部一つの塊で、まるで走馬灯のようだった。いつの間にか豪雨。俺の制服はびちょびちょで、体中をなめ回すような雨水は熱を奪っていく。ララから伝わる熱だけが燃えるように熱く感じて、まだまだ生きていると感じた。


「好きよ、ケージ」


「」



 でも、どこかそれは嘘だった。夢みたいな一瞬の曖昧な記憶。中学生にありがちな肥大した自意識が見せた妄想の類。


 光のように夜の道を走り去っていった俺たちは遥か彼方のユートピアまで飛んでいき、そんな俺たちをまるで他人事のように捉えるのは自分だ。夢から振り落とされて一人取り残された自分。


 気づいたら視界の先にはさんさんと煌めく太陽。梅雨明けした青空。俺は一人、アスファルトの上に寝っ転がっていた。


 魔法少女もいない現実世界、壊れたママチャリと俺がただ馬鹿っぽく転がっている昼下がり。


 よく見たらさほど家から離れていない山間の道。昔、父がいた頃家族で出かけるとき車の中から見たなんの面白みもない山。


「ツカレタ……」


 立ち上がり、壊れたママチャリを起こす。何度か周りを見渡してから、俺は家へ帰った。


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