第21話 白虎の不満
「小雪、あなたはまず周りを見てから行動しなさいと何回言いましたか。」
とあるホテル内にある部屋の一角、自分の娘を上から見下ろすようにして椅子に腰をかける女性。その冷ややかな言葉は白き少女の体をぶるっと震わせ恐怖させる。
「小雪は私のナギにちょっかいかける女狐を追い払ってあげようと──」
「彼女は女狐でもなければ凪紗君は小雪のものでもありません。あなたは望めばなんでも手に入ってしまう環境で育ったのだもの。こうなって仕方がないわ。そこは親である私たちの落ち度でしょうか。」
「……」
白き勇敢な子虎はそんな恐怖に抗う姿勢を見せるが、母の迷い無き叱責にとうとう対抗する意思も虚しく無言のまま下を向いてしまった。
彼女の母親の言う通り、小雪という少女は幼い頃から両親に可愛がられ、望めばある程度のものであれば手に入る人生を送ってきた。
友人が少ないとは言いつつも、仲良くしてくれる従兄や、その友人と楽しい時をすごしていればそれは欲しいものでは無かった。
従兄である凪紗や両親に叱られることも多々あったが、それは愛ある故の叱責であることは重々理解していた。
そんな恵まれた環境にいた彼女にはもはや人生の死角となるものは遠い存在となりつつあったのだ。
しかしそんな彼女が今までの生活の至福に気がついたのは今から三年前のこと。
父親から外国へと留学するよう言われ、弟や母と共に北欧出身である祖母の生家の方へと向かった時であった。
「ママ、ナギ達をここに呼んで。ナギ達が居ない生活つまらない。」
この時からだった。地元の高校でも言語の壁があり中々最初は馴染めず、ある程度の言葉を理解出来るようになった一年後も、小雪の特徴である冷淡な口調は他人を寄せ付けなかった。
彼女は忘れかけていた幼き独りの日々を思い出した。
「今まではナギ達がいたから楽しかった。だけど今は楽しくない。だからナギ達を呼んで欲しいの。」
「小雪、貴女には色々なものを与えてきたけれど、それにも限度というものがあるのよ。」
母のその言葉に小雪は大きく驚いた。
欲しかった友達は既に小雪のものになっていたはずなのに、友達は手に入るという経験を一度しているのに、それは友達を手に入れることと同義なのに、結局一緒にここまで来ることは無かった。
どうして?ナギは小雪のナギなのに。
ずっとこのまま、これからもナギと、ナギ達と生きて行くとばかり考えていた。
そして小雪は気がついた。これからもずっと一緒に生きていくという事は、パパとママのような関係と同じだということを。
つまり小雪はナギの嫁なのだと。
いつしかそう考え込むようになっていた。
そしてついに日本に帰る時がやってきた。小雪はこの日を何よりも待ちわびていた。今まで友達だった彼が旦那さんとして小雪を待っているはずだから。
彼女は幾度となく彼に助けられてきたが、彼女の脳内ではその一つ一つにバイアスがかかり、壮大な物語へと変貌を遂げていた。
帰ったらすぐにでも会いに行きたいと思ったが、まずは実の父との再会を喜び、家族旅行で石川県に行った時の事だった。
それはまさに彼女の妄想を確信に近づける出来事であった。
まさに彼女と彼は運命共同体なのだと。
自分の知る凪紗の姿より少々大人びているものの、間違えるはずもなかった。小雪は凪紗を見つけるや否や抱きつき、昔のように「すぐに抱きついてくるな。」と、馴染みの言葉が帰ってきたことに大きく喜んだ。
しかし小雪にとって大きな誤算が一つここに存在していた。それは凪紗の隣に立つ、身動き一つ取らない人形のようなもの。
人形?ナギが持ってきたの?
と、一瞬『ナギ、小雪が居なくなっておかしくなった?』と疑ったが、突然人形が口を開いて無礼な命令をしてきたものだったので小雪はすぐに臨戦態勢に入った。
これは女狐だ。ナギにとりつく悪いヤツ。少しいない間にこんな事に…
これはナギを旦那だと信じてやまない小雪にとってはかなりのショックであった。
だからナギを女狐から助けてあげようとしただけなのに、何故か小雪はこうしてママに怒られている。
「反省の色は無いようね。全く…どうしたものかしら。」
小雪の母である双葉は頭を抱えた。
『従兄である凪紗君と結婚出来るなどとどうして思ったのかしら…学校は既に同じ学校に決めてしまったし…頼みは真理先輩の娘さんしかいないのかしら…。』
凪紗がどう思っているかは別として、おそらく今一番凪紗と関係が深い女性は衣織であるということは見れば分かることであった。それに彼女はおそらく行く末を見据えている。
彼女は凪紗を完全に立てる立ち回りをしているし、何より優斗の話では、彼女が凪紗の言葉にのみ忠実なのに対し、他人に対しては強く意見しているという事を聞いている。
言わずもがな、今の小雪では凪紗にとってただの子守りである。
どちらが現在において彼の隣に立つべきであるかは一目瞭然であった。
『本当に、どうしたものかしらね…』
学校も一緒になってしまったとなれば、他のことには目もくれずに凪紗に付きまとう姿は見なくてもわかる事だ。
そうすれば凪紗に迷惑をかけるだけでなく、凪紗のクラスの人達にも迷惑をかけてしまう。彼らは今年から受験生。そんなことになってしまっては堺家としても面目ない。
小雪は数少ない友人にのみ心を開いている。
つまり友人以外がどうなろうと小雪にとってはどうでもいいのだ。
であれば、凪紗以外の友達に頼るべきか。
『そうするしか無さそうね…』
もはや彼女には選択肢など無かった。
双葉はスマホに小雪と友人たちの幼い頃の集合写真を開いた。
『頼れそうな子は…』
双葉は一人一人の現在を調べ始めた。そして双葉はスマホに電話番号を打ちこみ始める。
それを尻目に小雪はスっと立ち上がり部屋を出ていく。
「ママは私を何も分かっていない。」
母の部屋のドアを閉めて一言残した彼女は再び凪紗に会いに向かうべく、ホテルのフロントを一人で出ていくのであった。
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彩と旅情に白は染められん 静山 黄緑 @sizuyama_kimidori
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