ぶ☆ち☆ギ☆レ♪

 時は少し遡る。

 レリアがダンジョンに入っていった時から5分ほど経とうかという頃だった。

 この時未だに俺、リベルは来た道を引き返そうとしていなかった。

 それは結局、ずっと迷い続けていたからだ。

 このまま戻ってレリアの家で待ち続けていいのか、あいつの事を放っておいていいのか、そこでずっと悩み続けていることがある。


 ――レリアの強さは本物だ。

 さっきの異能に加えて魔力の流れから核の位置を割り出す探知力、あれなら魔力の操作だって相当レベルが高いだろう。

 本来この国の人間の強さで考えればありえない、おそらくは別の国で修行してきたのであろう強さを持っている。

 あいつなら間違いなくこの程度のダンジョンで失敗することは無い。

 そもそも苦戦だってする筈は無いだろう。RPGで言えば最序盤のステージにストーリー中盤のキャラが入ってくるようなものだ。

 だから別に彼女の心配なんてしてはいない。


 ――じゃあいったいなんで俺はここで茫然と立ち尽くしているんだろう?


 そうだ、レリアが心配じゃないというならなんで俺は今こんなにも落ち着かずにそわそわとしているんだ。

 心配してないといって、実はものすごく不安なんじゃないのか?

 大丈夫だと思っていながら心の底では万が一のことを笑い飛ばせずに考えてしまってるんじゃないのか?

 分からないけど、今更かもしれないけど、それでも俺は今になってレリアの背を追いたくなってしまっている。 

 信じて人を待つってことは、こんなにも難しかったのか。


 そうやってじっとしていられずにぐるぐると同じ場所で回りながら悩んでいると、ふいにさっきここに来た道から誰かが近づいてくる音が聴こえてきた。


「あそこっすね!」


「いったいなんのモンスターが出てやがるんだ?」


「あれ? アニキあそこに誰か居やがりませんか…………?」


 後ろを向くとそれぞれナイフや鉄パイプを持った4人組がこっちに走ってきている。

 街にそぐわない物騒なものを手にしてくるあたり、おそらくはダンジョンに入っていくつもりなんだろう。

 その中に、見覚えのある顔があった。


「ん? なんだおまえか、さっきぶりだな」


「ああ、さっきのエルドとかいう…………」


 さっき紹介されたばかりの眼帯スキンヘッドだ。

 それに後ろに知らない3人がいる。

 さっきレリアが言っていた三馬鹿とやらだろうか。

 分からないけどまあどうでもいい話か。


「おいお前ら、先に行っとけ。すぐに追いつく」


「「「うっす……!」」」


 3人組は命令されてすぐに俺への興味を引っ込めて、ダンジョンへと走り去っていった。


「それにしてもおまえなんでこんなとこにひとりで居やがるんだ? レリアのやつと一緒じゃ…………あっ」


 俺を見てさっき一緒に居たはずのレリアが居ないことに気付いたらしい。

 そしてそのまま、ひとりで行かせてしまったことも察したんだろう。

 不意に目を少し逸らして気まずそうにしてくる。


「――まあ、あんま気にすんな。ダンジョンにびびって入れねえぐらいよくある話だ、男だって人間に変わりねぇ。女について行かなかったからって別にカッコ悪かねえよ」


「べつにそんなこと気にしてるわけじゃ…………」


「レリアの事でも心配してんのか? あいつは腹立つことに俺より強いからな。心配するだけ無駄だぞ」


「そういうわけでもない…………」


 俺の顔が曇っていたからだろう。

 多分不慣れなことだろうに、頭を掻きながらわざわざ俺を励まそうとしてくれる。

 見た目に似合わず優しい性格をしていて、きっとこういうところがレリアに気に入られている理由なんだろう。

 今もまだ、俺を慰める言葉を探してくれている。


「じゃあなんだ、あいつに振られでもしたか?」


「――――は?」


 今なんて…………?


「ダンジョン行く前に告白して振られたからこんなとこでしょげてやがるんじゃねえのか?」


「んなわけねえだろ…………!!」


 急にとんでもなくぶっ飛んだ発想をぶち込んできやがった…………!?

 あいつは別にラブな相手じゃないし、互いにそんな空気感出したことも無い。

 ていうかこんなところでダンジョン行く前にそんなアホな事するわけ無いだろ…………!

 こいついきなりなにアホな事考えだしてんだ…………!?


「心配してる訳でも自分が恥ずかしいわけでも無いならそんくらいしか無えと思ったんだが…………」


「そんな関係性じゃねえよ…………」


 いったい俺はどんな人生ジェットコースター男なんだ。落差激しすぎるだろ。

 そんなギャグみたいな急展開真面目な時にぶち込んだりしねえよ。

 あいつとの関係は恋とか愛とかじゃなくて、もっとフランクなものだ。

 ムチャクチャなことやってきて、それに巻き込まれて、バカだこいつと思っても何故か振り払おうとはしなくて…………なんやかんやで一緒に居ると笑ってしまう相手。

 そう、きっと友達ってやつだ。


「友達…………」


「ああん? 何呟いてんだ」


 友達。

 そう、レリアは友達だ。

 まだ短い付き合いだし、むちゃくちゃな出会い方だったりしたけれど、あいつのことは間違いなく友達だと思っている。


 元居た世界じゃ友達なんて要らないと思って作る気もなく学校の休み時間には図書室に行って本を読んでいた俺だったけど、特に寂しくはなかった。

 必要性が感じられなかったし、実際困ったことなんて授業で突然来る”仲いいやつと組んでください”の指示ぐらいだったから。

 友達じゃなくても普通に話すことはできたし、コミュニケーションさえ取れるならばそれで不満無く過ごせる性格をしていたから、今日まで誰かと友達なんて名前の関係になった事がなかったんだ。

 けどあいつは違う。


 初めてできた友達だった。

 他人を懐に入れる気のない俺の内側に無理やり勝手に入ってきて、好き勝手暴れ回ってはしゃいできたやつ。

 それでなにも悪びれなく俺を連れ回すんだから、思わず諦めて受け入れてしまった。

 そしてそれが不思議と嫌じゃなく、心地良いと感じていた。

 そんな気はなかったのに、気づけば友達だと思ってしまっていた。

 友達が欲しいと思ったことはなかったけど、いざ無理やり作られてしまった友達は、悪くなかったんだ。


 その相手が今ひとりでダンジョンに行ってしまっていた。


(ああ、そうか…………そういう事だったのか)


 心配はない。心配は。

 俺の心にあったのは恥だった。レリアをひとりで行かせてしまった自分への恥。

 自分は必要ないとか、危険だからとか、そんな言い訳をして怖がる自分を肯定し、唯ひとりの友達をモンスターの産出地帯に怯えながら見送ってしまったこと。それが何よりも恥ずかしかった。


 結論は出ている。

 俺はこのダンジョン攻略に必要ない。そうだ、間違いなく理屈ではそうだ。

 でも違うだろう。

 俺が今あいつを追いかけたいのは…………。

 去っていったあいつの背を見て後ろめたく思ったのは…………!

 ここにいる事がこんなにも悔しいと思ってしまっているのは…………!

 唯一親しくなった対等な存在を相手に、ひとり安全な場所で待っていろと言われてしまったことがなによりも腹ただしく恥ずかしいと感じてしまっているからだろう…………!!


「ふざけんじゃねえぞあいつ…………!!」


「はぁ? 急に何言ってんだおまえ…………? 頭大丈夫か?」


 あのやろうよくも置いていってくれやがったな!

 あんだけ散々振り回してきたくせにちょっと危険な場所に来たらすぐ帰って待ってろだと?

 馬鹿にしてんのかおまえ…………!?

 何が転生してきたばかりだから危ないだ……!!

 今更そんなこと言いだすくらいなら最初から俺掴んで窓から飛び出してんじゃねぇよ…………!!


「舐めやがってあんニャロー!!」


「駄目だこいつ。急にイカれだしやがった」


 分かってる、あいつは心配してくれただけだ。

 俺は確かにクソ弱いしそもそもレリアはひとりでこのダンジョン攻略くらい余裕だろう。

 だが100%じゃない。

 ダンジョンに安全な場所なんてありはしない。

 そこがダンジョンと化してしまった時点で、どこに行ってもダンジョンはダンジョンなんだ。

 もし気を抜いたりしたら、警戒の隙を突かれたら、余裕のダンジョン攻略でだって怪我を負うこともあるし最悪死んでしまうだろう。

 ダンジョンってのはそういう場所だ。

 そんなことあいつだって分かってるだろうに。


 それでも俺についてきてと言わなかったのは、ひとえに俺がビビってしまっていたからだ。

 あの時、レリアになんでついてきたのかと質問されて黙ってしまったから、来ないほうがいいと判断されてしまったんだろう。

 それがクソ悔しくて、死ぬほど恥ずかしくて、そしてなにより情けなくて、今俺は怒っている。


 俺に対してでもあり、レリアに対してでもあるこの怒りの矛先は、間違いなく今この先にあるだろう。


「行ってやるよダンジョン! 何がひとりでも大丈夫だあのやろう! 絶対連れていかなかったこと後悔させてやる!!」


「おお、なんだか分からんがその調子その調子。やっぱ漢ならビビッて逃げちまってるより闘いに行く方がかっけぇからな! んじゃあ行くか!」


「あたぼうよ!!」


 待ってろレリア。

 すぐに追いついてこの意地と逆ギレを握りしめた拳おまえにぶつけてやるからな…………!!


 こうして俺は、怒りのままにエルドと共にダンジョンへ入っていく。

 死にたくないだとか、危険だなんだという考えはもう頭の中には無かった。

 なんの為にとか誰の為にはもうどうでもいい。今はただ、この身を焦がす激情に身を任せる。

 バカな俺が闘う理由なんてそれで十分だった。

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