a beautiful world
いつまで経っても変わり映えしなかった濃い草木の群れがようやくポツポツと減ってきた頃、そろそろ樹木の海が終わりを迎えるであろう事を予感しながら俺はひたすらに歩を進めていた。
道中何度か兎や狐なんかのモンスターに襲われたりしたものの、全て異能で事なきを得ているが……、
「でもだからってこんな異能じゃなくてもさぁ……」
割り切れない感情についボソッと呟いてしまう。
なんやかんや歩き始めて時間が経っているが、その中でも俺は未だマイナス思考が止められないでいた。
まさかまさかの異世界転生即魔法縛り。
こんな縛りさせられてるの闇堕ち系主人公とかでも見たことないよ。てか現実で命懸かってる時に縛りさせられること自体意味不明だし。こちとらゲームやってんじゃねえんだぞ。
やばいって。
時として事実は小説より奇なりとは言うけどほんとに汎ゆる物語より重い制約初手で結ばされることって現実であるんだね。
まあそもそも異世界転生しちゃってる時点でどっちかって言うと現実より小説よりな気はしなくもないけど。
それはそうと本当にどうしたものか。
最初は異世界来たんだからゲームと同じく戦闘で金を稼ぐ職に就いてモンスターをばったばったなぎ倒していこうと思っていたけどこうなると流石に危険過ぎる。
モンスターだって知能があるんだから異能に気づかれることはあるし、そもそも高速戦闘についていけないと余波だけで死にかねない。
それだけじゃなくてこんなモンスターが
そんななかで生きていく……………………うん無理っ。
どう考えてもバッドエンドしか想像つかない。
そう考えると行き着く先は一つしなかいわけで。
(……街で一般市民になって暮らしていくしかないのかねぇ)
そう思いながら重い足取りで進んでいくが、やっぱりそんな未来は嫌だったりして肩を落とす。そんなことをずっと繰り返してきている。
ただどれだけ考えてもゲームの時のように自由に冒険する事は厳しいという結論は変わらなかった。
もうどうしようもないなら諦めるしかない。最初から無理だったんだと諦めれば…………。
「――嫌……だよなぁ」
冒険がしたかった。
子供の頃から異世界転生に憧れていた。
それはずっとなんでもない日常という小さな世界に飽きていたからで。
自分の手の届く世界の狭さが窮屈で退屈で堪らなかったから。
テレビや写真の中の信じがたい絶景が見てみたくて仕方なかったから。
真っ暗な先の見通せない自分の将来を吹き飛ばしてくれる旅がしたかったから。
――或いは何も持ってない、何も成す事の出来ない俺自身を認めたくなかっただけなのかもしれない。
なんにせよ異世界は、そういう理由で憧れ続けていた。
正確には、異世界での心躍る大冒険というやつに俺は心が吸い寄せられずには居られなかった。
でもそれも今日でお終いのようだ。
諦めたくないという強い思いを、されど一歩踏み出すことのできない死にたくないという本能の断崖絶壁が俺の心を阻み遠ざけてくる。
死んでもいいからと突き進むだけの勇気は出ない。異世界まで来たのに、悔しくて羨ましくて悲しくて、でもやっぱり怖くって。
そんな気持ちとは裏腹にさっきまで薄暗かった森には明るい光が見えている。
既に森の出口までたどり着いていたらしい。
真っ暗な心と反比例して真っ白な明かりに包まれた木々の終わり、その先の青空が薄っすらと見えている。
晴れ。
どうしようもない程に快晴。
今すぐ曇ってくれないかな。
心の中は雨模様だというのに。
(しょうがないよ……死にたくないもん)
覚悟を決めた。
というか諦めた。
ずっと抱いていた夢に終止符を。
この先はちゃんと生きていこう。
ありがとう夢、バイバイ。
今きっと変になっている顔を誰かに見られなくて良かったな。そんな事を考えながら、明るい方へと進んでいく。
そしてずっと歩いてきた薄暗い森から抜け出した。
★
森を出て、中から薄っすらと見えていた蒼穹を改めて見る。
広がった空、木々によって停滞していた空気は一気に解放され、風となってどこまでも駆け抜けてゆく。
森を出てパッと見えた景色は遠くに映る山々とどこまでも続く青い空だけ。
けれど抜けてきた森は小さな岩壁の上にあり、そこまでの高さではないものの辺りを見渡すには十分だった。
そう、辺りを見渡せる崖際まで進めば途端に景色は一変した。
――全身を衝撃が貫いていった気がした。
絶景。
さっきまでの悩みを打ち砕き吹き飛ばし記憶の彼方に消し去ってしまうかの如く、開放されたその大地はただ突っ立っている俺の全身を感動と興奮と絶句にて包んでしまった。
どぅっという音と共に猛風が身体を叩いていく。
吹きすさんで落ち葉を飛ばし、決して流れを途切らせることのない河川を揺らし、草葉を色めかせながらそこに点在するすべての生き物を撫でて大地の先へ先へ吹き抜ける。
生命が産まれ、育ち、没する青葉の海原が遠くの山麓まで続き、その上を神話の大蛇達のようにうねうねと駆け巡り絡まり別れ八方へと伸びていく清流。
大地の真ん中には様々な獣たちが水目当てや体の洗浄、あるいはそのため訪れたものたちを喰らうために集う湖があり、川と繋がるさまはまるで蛇が獲物を大飲みして腹が膨れ上がったかのようだった。
「ブォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
「へぁっ!」
突然の大音響に体が跳ねた。
爆音の轟く雄叫びを上げて超巨体を持つ『ハイ・アエグロ』が草原の中心の湖畔で自身を捕食しに牙と鉤爪を突き立てに来た『ロンド・ルゥー』の群れを象の如き長鼻で蹴散らしている。
ぶっ飛ばされ宙に舞う『ロンド・ルゥー』の落下先に居た水棲獣『ハイ・ロケリア』が慌てて湖に駆け込んでいった。
落下、着水、水しぶきが跳ね上がる。
草原を駆けていく駆鳥種『ハイ・ケレイア』達とそれを狙って舌舐めずりする『ロンド・イシャル』の死活鬼ごっこ。
地を蹴る音がここまで伝わってきそうな程ダイナミックに走る『ハイ・ケレイア』達と逆に素早く脚を回転させ続けスマートに走っていく『ロンド・イシャル』の動と静、力と技の闘いが繰り広げられる。
逃走と追走、正反対の走りをする両者の闘いは、今回の場合『ロンド・イシャル』に軍配が上がったらしい。逃げ遅れた一頭の『ハイ・ケレイア』が捕まってしまった。
森と隣り合った青野で広がる大自然での日常。
生と死のドラマがこんなにも繰り広げられている所を今まで見たことが無かった。
ゲームで見ていたものとは程遠い、ポリゴンで出来ていない本物の自然と生命。その躍動が崖の上、こんな離れた場所にまでハッキリと伝わってくる。
見惚れていた。
呆然と、ただ見つめていた。
溢れかえる興奮を止める術が無くて、ひとり立ち尽くしてしまう。
言葉にできないって云うのはこういうことなんだと、不意に納得した。
これは、言葉では表せない感情だ……。
生命達の息吹を肌で感じながら、ほぅ……と呼気を漏らした。
「――――――――そろそろ、動かなきゃいけないか……」
時間を忘れてこの美しい光景を眺めていたが、暫くしてハッと思い返す。
瞬きすらほとんど忘れながら数分ほど立ち尽くしていた。
けれどよくよく考えれば人里へ向かっている途中なんだからこんなところでじっとしている訳にはいかない。
もう既に日は頭上に昇っていて時間が経てば経つほど沈んでいくだけなのだから。
これから先は暗くなる一方だ、急がないといけない。
だけど朗報も二つある。
一つはこの場所がどこか分かったこと。
森の中はほとんど見覚えが無くて分からなかったけど、この景色を見れば一目で分かる。
『terra dei』発売当初、ゲーム開始と共に最初期プレイヤー達が挙ってレベル上げの為モンスターに襲い掛かっていきあまりの経験値効率の悪さに即別エリアに移動する事になった大地。
その名もオゴ荒野。
余りにも草食系モンスターが多く戦闘しようにも普通に逃げられてしまう上に一匹毎の経験値が少ないせいでだーれもここでレベル上げしようとしなくてもはや開発者がネタにしだす程プレイヤーと出会わないエリアだ。
ここで人を見掛けたらそれはまず移動中と言っていい。
ここに来ることって素材集め以外なにかあったっけ?
そして朗報その2、人里が見つかった。
ここから左側に高い市壁に囲まれた街が見えている。
左手奥、湖を挟んだ向こうに映る馬鹿げたサイズの白石ドーナツ。
あれが『terra dei』リリース当初から解放されていた国ハイロンドにある街、ラクトホルグだ。
遠くで見ても一目でデカいと分かるその威容は、直ぐ側で見上げる形になるとなんでこんなもん作ったんだ? という疑問を抱かせてくる。
精緻に積み重ねられた防壁が佇み続けるその寂しさは一体どんな災禍を待ち続けているのやら。
まあこの平和な国にそぐわないのは間違いないだろう。
そんな市街にこれから住むつもりなわけだが。
なんにせよ暫くはあの場所が俺にとって生活地帯になるだろう。
日射しが厳しい。
さっさと街に行ってしまうのが良さそうだ。
崖から降りるため少し回り込んでラクトホルグに向かっていく。
急ぎ足の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます