第49部 4202年49月49日
目を覚まして窓の外を見ると、そこは空の中だった。
雲の中に入ってしまえば、雲自体を見ることはできない。しかし、辺りはぼんやりと霞んでいるような気がする。窓から顔を出して下を見ても、地面は見えなかった。
「mou, idouchuu」
と背後から声が聞こえて、振り返ると、彼女が部屋の入口に立っていた。
「わざわざ魔法を使ったの?」僕は後ろ手に窓を閉めながら尋ねる。
そろそろ引っ越そうという話になって、僕も移動する気でいたが、空を飛んで移動するとは考えていなかった。この家には脚の機構が搭載されているから、歩いて移動することはできる。
「tanoshii deshou ?」
彼女は僕の隣に立つと、たった今僕が閉めたばかりの窓を開けて、外を見た。
「うん、まあ……」僕は曖昧に答える。「落ちなければいいけど」
雲を越えてしまえば、天気は関係がなくなる。天気も、世界そのものではなく、世界の中で行なわれる活動の一つでしかない。
「どこに向かっているの?」僕は彼女に質問する。
「shiranai」彼女は答えた。「toriaezu, umi no chikaku ni mukau you ni shizi shita dake」
地球の半分以上は海に覆われているから、それだけではかなり範囲が広い。国境を越える可能性もあるかもしれない。
移動を始めてから三日が経過した頃、家は高度を下げた。
やがて、家は移動をやめて安定する。
玄関のドアを開けると、目の前に海が広がっていた。時刻はちょうど日の出の頃合いで、橙色の太陽が水平線から顔を覗かせていた。
僕は外に出ようとする。
しかし、地面がないことに気づいた。
海面から数メートル上を家が浮遊している。
「いや、たしかに海の近くって言ったけど……」僕は振り返って彼女に言った。「もう少し、どうにかならなかったの?」
「mada, idouchuu」彼女は応える。「ichido kyuukei suru koto ni shita」
ベランダに出て、四方に広がる青色のH₂Oを眺めながら、僕は一日を過ごした。
何もしない時間というのは久し振りだった。
僕達のほかには誰もいない。
いや、すでに僕達もいないのかもしれない。
そう思ったとき、視点がシフトして、僕は海の中から僕の姿を見ていた。
海になった僕は、世界中のどこにも繋がっている。
もしかすると、宇宙にも。
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