第35話 天神屋(てんじんや)

 児島駅のあたりにいってみる。


 いなかの町なのに、ビルのように大きい駅だ。


 その大きな駅の中央出口から、まっすぐ垂直に歩行者専用の道路があった。


 大きな歩行者道路は、近くの公園へとのびている。


 その大通りに、多くの人がいてテントなどを設置していた。おそらく明日にひかえる『ジーンズ祭り』の準備だ。


 わたしはテントの設営をしている人々のあいだをぬって歩いた。どこにも『よどんだ空気』みたいなものはない。


 呪いをかけるなら、きっとお祭りの会場。そう予想したのに、はずれだったみたいだ。


 喫茶『ニルヴァーナ』そして喫茶『時空回廊』に呪いはかけられていた。人が集まるところへ呪いをかけていると思ったわたしの予想は、まちがいだったのだろうか。


 人が集まりそうな場所ってどこだろう。児島の近くには『渋川しぶかわ海水浴場』というのがあるけど、六月の海に人は集まらない。


 児島駅を背にして歩行者通りを歩いていると、すこし遠くに大きな建物が見えた。


「あの建物ってなんですか?」


 近くでテントを建てている人に聞いてみた。


「ああ、天神屋てんじんやデパートだよ」


 デパート。人が集まるところ!


「ありがとうございます!」

「観光の人かな。明日、いっぱいお店がでるからきてね」

「はい!」


 思わず、はいと答えたけど、その明日が心配だ。


 大通りを駆けて公園へ。


 公園も大きな公園だったけど、そこを駆けぬけてデパートへ走った。


 天神屋デパート。近づいてみると、思ったより大きなデパートだ。よこに広いデパートで、おそらく四階建て。はしに車があがる道があるので、きっと屋上も駐車場なんだと思う。


 こんなところに呪いがかかっていたら大変。わたしは走って、デパートの大きな自動ドアをくぐった。


「あっ!」


 入ってすぐに思わず声がでた。


「ダムダムバーガー!」


 関東ではあまり見かけないマニアックなハンバーガー屋だ。フードコートになっていて、ハンバーガー屋とタコ焼き屋さんがある。


「カニバーガー!」


 注目したのはハンバーガー屋の壁にあるポスターだ。『期間限定・カニバーガー!』と書かれてある。


 うわさのカニバーガー。わたしは食べたことがなかった。カニが一匹まるごとバンズにはさまれていると聞く。


 足を踏みだそうとして、思いとどまった。カニバーガーを食べている場合じゃない!


 ダムダム・バーガーを背にして、デパートのなかを歩きまわることにした。


 デパートの一階は食料品だった。エスカレーターで二階へ。


 二階は百円ショップ、そして家具屋さんなども入っていた。


 呪いらしき気配は見つけられない。あるとしたら、わたしにかかったカニバーガーの呪いぐらいだ。


「いや、ハナちゃんの呪いかな」


 自分で言って笑えた。食い意地のすごいハナちゃんと暮らしているので、わたしにもハナちゃんの食い意地がうつったのかもしれない。


 それはそうと、三階のゲームセンター、そして屋上の駐車場、どこにも呪いはなかった。


 ここ児島で、人が集まる場所ってどこだろう。


「どした?」


 急に声をかけられてびっくりした。ふりむいてみると、買い物袋をいっぱいさげた中年の男性だった。となりには奥さまらしき中年の女性もいる。


 関東では、こんなに気安く話しかけられることはないので、かなりびっくりした。


「おいてけぼりか」

「おいてけぼり?」


 男性の人の言葉がわからなかった。


「親に、おきざりにでもされたかい?」


 ああ、そうか。わたしが駐車場で立ちつくしているからだ。


「いえ、あの、児島の町を見てました」


 とっさについたウソだけど、屋上駐車場からは児島の町が見おろせた。


「ああ、観光にきた人かい?」


 そうか、観光客として聞けばいいかも!


「あの、児島で人が集まる場所ってありますか?」

「ここで人が集まるか。そりゃ競艇場だな!」


 競艇場があるんだ。


「あんた、若い子になに言ってんの」


 となりの奥さんがあきれた声をだした。


「若い人だったら、ジーンズストリートよねぇ」

「ジーンズストリート?」

「あら知らない?」


 奥さんのほうが教えてくれた。大小さまざまなジーンズ屋さんがならぶ通りがあるらしい。歩いていく場合の道すじも教えてくれた。


「ありがとうございます。いってみます!」


 そうお礼を言って、わたしは天神屋デパートから、ジーンズストリートへむかった。


 ジーンズストリートがどこかは、すぐにわかった。せまい道路の上にロープがわたされ、そこにジーンズが何枚も洗濯物のように風になびいていたからだ。


 風になびくたくさんのジーンズの下をくぐり、わたしはジーンズストリートを歩いた。


 車なら一台がようやく通れそうな、せまい道がジーンズストリートだった。


 そのせまい道の両側に、ほんとにいろいろなジーンズ屋さんがある。おしゃれなカフェなどもあった。


 でも呪いがかけられているようなお店はなかった。


 それからも児島の町を歩きまわってみたけど、呪いの気配がある場所はなかった。


 気づけば、児島の空は赤くなり初めている。もう夕暮れだ。


 児島駅の近くまで帰り、このまえにハナちゃんとヒナちゃんの三人で食べたハンバーガー屋に入った。歩きすぎて、わたしはおなかがへった。


「アップルパイと、レモンティー、氷なしで……」


 注文カウンターで、疲れた声をふりしぼり言った。


「お持ち帰りですか?」


 店員さんに聞かれて、すこし考えた。海に近いこの店は、裏に防波堤があったおぼえがある。


「持ち帰りで」


 お店で食べるより、せっかくなら海を見ながら食べたほうがおいしそう。


 ほとんど待つこともなく、わたしは紙袋に入ったアップルパイとレモンティーを持って防波堤へとむかった。

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