第33話 櫛(くし)
「すごい花の数ですね」
口をひらいたのはイザナミさんだ。
病室のあちこちにある花瓶の花を見まわして、おばあちゃんもうれしそうに笑った。
「ええ。国民学校の同級生がね。当時は小さな学校で」
国民学校。すごいむかしの呼びかただ。
「高等科を卒業して、ほとんどの人は児島をでていきましたけど、まだ連絡を取っているんですよ。仲のよい組でしてね」
わたしも花を見まわしていたけど、同級生は全国からきたようだ。スチール棚の上にはお見舞いの果物などのほかに、北海道のバター
そういえば、タクシーの運転手さんが言っていた。むかし児島はいなかだったので、学校を卒業したらほとんどの人は外へでていくと。
近くにいた鈴子さんが、両手をうしろにしているわたしに気づいた。
「イザナミさま、あまり長居をしますと、ご迷惑に」
「そうだな。そろそろ、おいとまするか」
わたしたちは口々に『おだいじに』や『失礼します』とあいさつをし、おばあちゃんも『ありがとう』とよろこんでくれた。
一階におりて、病院の外へでる。さきに自動ドアをぬけたイザナミさんからおどろきの声が聞こえた。
「ありゃ、児島署から何回も電話だ。なんかあったか」
イザナミさんは病院内でスマホの電源を切っていたようだ。
女刑事であるイザナミさんはわたしたちから離れ、電話をかけ始めた。わたしたちは車のそばまでもどることにした。
午後からは病院へくる人はすくないのか、病院の駐車場には車がほとんどない。
「カヤノさん、病室でうしろ手に持っていたもの。あれはなにか?」
車のそばへもどったとき、鈴子さんが聞いてきた。
「は、はい。このクシにみょうな気配が」
わたしはにぎっていたクシを手のひらに乗せてだした。むかしながらの和風なクシで、ぴかぴかに光る黒のクシには小さな
「この
見てすぐわかるとは。さすが鈴子さん。京都生まれ京都育ちだ。
「あっ!」
鈴子さんがひょいとクシを取ったので、思わず声がでた。
「だ、だいじょうぶですか鈴子さん。呪いのクシかも」
漆塗りのクシを手にして、鈴子さんは首をかしげた。
「ワタクシには、なにも感じません。ハナさん、ヒナさんは?」
鈴子さんがふたりに聞いたけど、ワンピースを着た双子は首をよこにふった。
「では今回、この児島でおきている呪いというのは、カヤノさんだけが感知できるようですね」
「それ、かなりめずらしいかも」
口をひらいたのはヒナちゃんだ。
「イザナミって、火の神つかいでしょ。呪いとか、もっぱら強いのよ。『
よっぽど変わった呪いか。でもあの空気のよどみ。どこかで見た気がする。
「しかし、このクシが呪われているとするなら……」
鈴子さんが、かぐや姫みたいな顔の目を細め考えこむ表情だ。
その顔を見たヒナちゃんが、気づいたように口をひらいた。
「まさか、同級生が犯人!」
「そのとおりです、ヒナさん」
ふたりの言葉は、なかなか信じたくなかった。あの特別室の料金をだしあったという仲のよい同級生だ。
そして、わからないこともある。
「鈴子さん、わたしがこの呪いを見たのは、おばあちゃんだけじゃなく、あの喫茶店、時空回廊もです」
「では、ふたつとも、かつての同級生とやらが呪った可能性が」
「いったいなんで」
「ふたつどころじゃないぞ」
わたしと鈴子さんの会話に入ってきたのはイザナミさんだ。スマホを片手に歩いてくる。
「児島署から連絡だ。今日はいっきに四人。道ばたで意識不明になって倒れた人がでたらしい」
なぞの意識不明。そうだ、ここ児島で多発している事件。
「これ、ちょっと危険な感じがするな。おまえら、しばらく神社の敷地からでずに……」
イザナミさんがそう口にしたときだ。イザナミさんの手にあるスマホがふるえた。
「おろっ、みっちゃんからだ」
イザナミさんが『みっちゃん』と呼ぶのは、お手伝いの三千子さんだ。
五人いるので、イザナミさんはスピーカー通話のボタンを押した。
「みっちゃん、もうすぐ帰るぞ。今日はみっちゃんもいっしょに焼肉へ」
イザナミさんが言葉を止めた。スピーカーから聞こえてくる声が『はぁはぁ』と息切れした呼吸の音だ。
「みっちゃん?」
「あ、あたしゃあねえ」
聞こえてきた声はたしかに三千子さんだ。でもかなり息があらい。
「これでも、むかしは千里眼三千子って呼ばれてた」
それは昨日に教えてもらったことだ。
「ひさしぶりだったとはいえ、見えたのは
「みっちゃん、そうでもないぞ」
そうそう。イザナミさんの言うとおりで、三千子さんのおかげで刀剣博物館へいくことになり、わたしは、わたしの神さまが『鉄の神さま』らしいとわかった。
「だからね、今日なんども、ためしたんだよ」
神さまの力を借りると、体力がかなりいる。三千子さんが息を切らしているのはそのせいだ。
「みっちゃん、ありがと。でも無理しちゃ」
「見えないんだよ」
イザナミさんの言葉は、三千子さんの言葉で切られた。
「見えないんだよ。五人の未来が。それどころか、明日の児島の天気すら見えない」
「お天気の予報はべつに……」
鈴子さんがそう笑って言おうとしたが、イザナミさんの顔から血の気が引いている。
「みっちゃんの天気予報は、子供のころによく聞いた。はずれたことはない」
イザナミさんはするどい目つきでスマホを見つめた、わたしも、鈴子さん、ハナちゃんヒナちゃんも、じっとイザナミさんの手にあるスマホを見つめた。
「みっちゃん、どういうことだ」
「まっ暗なんだよ。まるで明日の児島はすべてが闇につつまれたみたいに、まっ暗なんだよ!」
イザナミさんがそっとスマホを持ちあげ、自分の口に近づけた。
「わかった。ありがとう、みっちゃん。ちょっと休んで。息が切れてるぞ」
そう言ってイザナミさんはスマホの通話を切った。
「くそっ、明日の児島か」
イザナミさんがつぶやいた。
「あの、明日がなにか」
おそるおそる聞いてみた。
「明日は『児島ジーンズ祭り』っていう、町をあげてのイベントだ」
そうか、聞いたことがある。ここは日本で初めてジーンズが作られた町。そして明日は土曜日だ。
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