9話 チーズ・オン・ザ・テーブル
一人の少年が暗く無機質な部屋に閉じ込められた。
少年が何をしたか。それは少年自身と神のみぞ知る問題だ。
その部屋には扉と言えるものも窓と呼べるものもなく、部屋の真ん中にアンティークの小さな丸机、そしてその上に大きなホールのチーズが乗っている皿があった。
少年に
1日目。少年は大きなホールのチーズを見て、最初ぐらいは大きく食べても問題ないだろうと、腹がふくれるまで削って食べた。
案外食べたあとも見方を変えればそれほど減ったものでもなく、少年は少し絶望を忘れた。
2日目。飽きを恐れた少年はチーズの削り方を少し変え、微妙ながらも違いを楽しんだ。うまく削るコツを見つけ、少し食べる量が増えた。
少年はしまった、と思いつつもチーズを回して、そここからチーズを観測することでまだ大丈夫だという安心感を得た。
3日目。少年はチーズに十字架を描いた。そしてその部分を掘って食べ、天井を睨みつけた。チーズの味に飽きを感じ始め、絶望が少しずつ戻ってくるのが、足音が聞こえるように分かった。
チーズを30度回して見るとすこし前の削ったあとが見える。
少年は真ん中を食べようと決心した。
4日目。少年はチーズを投げ捨てようとした。
しかし、これがなければ死は目前。少年は持ち上げたチーズを皿を割らないようにそっと置き、真ん中を食べ始めた。
捨てなければ苦痛。捨てても苦痛。
少年はこの回り回る悩みをなかなか忘れられず、頭をかきむしった。
5日目。チーズ・オン・ザ・テーブル。少年の生きる理由はある意味それになった。しかし少年はある種の束縛だと考えており、贅沢にもその生きる理由を捨てたがった。
人生の意味が腐敗した、そうチーズに書いて食べたが、正しくは発酵だったと、チーズを回したときに気づくのだった。
6日目。真ん中を食べたチーズはまるで内側から蝕まれている自分のようだと嫌悪感を感じ、少年は真ん中がぽっかり空いたチーズの一部を大きく食べ、ランドルト環のような形にしてしまった。
そこで少年は気付く。もうチーズの残りが少ないことに。
回して食べて観測できない位置に食べた箇所を持ってきていたが、観測できないからと言ってシュレディンガーの思考実験ように2分の1の確率で戻っているわけではない。
しかし少年は、裏返しにすればわかりにくいだろうと考えたのであった。
7日目。
ランドルト環は次第に視力が0.1の人でも判別できるほど粗末なものになり、終いには逆に視力がいくらあっても判別できなくなってしまった。
少年は終わりを喜び、悲しみ、怒り、笑った。果たしてこれが正しかったのか。本来であれば1ヶ月はもつ見立てだったらしい。
しかしそれには苦痛が伴う。
人生の大事な部分を楽しむことだと考えた少年は早く食べたのだろう。
価値観と選択は何者にも支配されるべきではない。少なくとも、誰の人生でもそれが言える。
ほら。あなたの眼の前にも、チーズ・オン・ザ・テーブル
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