第29話

乗った馬車には既に先客がいた。

乗っている人がいるとは思っていなかったから驚いたが、そんなものだと思うことにする。


人にはそれぞれ事情がある。私だって、相手だって。


見たところ……男性みたい。


彼は何も見えていなさそうな真っ暗な外を覗いている。

顔は見えない。私が来た時も外を見ていたから分からないでいる。

もしかしたら長く付き合うことになるかもしれない相手だ。この馬車には御者以外は私達二人しかいないのだし、話しかけるのに不自然でも無い。


言い訳を並べて彼に話しかける。

コミュ力が弱弱な私はこうした言い訳を並べなきゃ話しかけれない。


「あのっ、少し、いいですか……?」


声が上擦ってしまった。恥ずかしい…


「はい、どうしましたか?」


こちらが話しかけてくることを予想していたかのような滑らかな動作。彼と私は初めて会ったのだから、彼が私の動きを予想できるわけないし、ただの偶然か彼がすごいだけだよね……


「ええっと、今日はどこまで行かれるのですか……?」

「え、ああ………実はあまり決めていなくて……なんとなく、ふらっとどこかに行ってみようかなと。そちらは?」

「ん……」


まぁ言っても問題ないかな……?

彼は何も知らない一般人なのだから大丈夫なはずだ。


「この馬車の終点……サルビアという街に行く予定です」

「そうか。なら、わた……俺も付いて行って良いか?」

「へっ? え、あ、まぁ……構いませんけど……」


どういう意図があるのか、彼は私について行くと言った。問題は、無いのかな? 彼が私を捕えるための存在の可能性もあるけど、それを疑ったらキリがないし、なんで私を泳がせてるの?って話だし。


どうせ疑っても意味がないのだから、一人旅よりも二人旅の方が楽しいだろう。


でも、私について行くと言った割には、私と話すことなく、そのまま馬車に揺られている。

私から話しかける話題も無く、視線をずっと彼に向けるわけにもいかないから、外を見たり、馬車の中をぼうっと見たり、時折彼に視線を向けたり。

視線を右往左往させる。


結局、話しかけることも、話しかけられることもなく気まずい時間がただ過ぎるだけになってしまった。


馬車から降りた後もそれは変わらず、合図も無く、どちらも同時に歩き始める。


やっぱり、なんでこの人は私について行くと言ったのだろう。気の迷い? でも、私が足を止めると彼も立ち止まる。

とりあえず、話題を探そう。話題……話題……

こんな夜中に何かやってるはずも無く、辺りは暗いままだ。


何事もなく、そして、何の会話もなく、泊まる予定の宿に着く。

こんな時代、予約なんてできるわけがない。だから、パッと見ただけで分かる不人気な宿に泊まることを私は考えていた。


誰だってふかふかなベッドで眠りたいし、暖かい食事を食べたいだろう。誰が好き好んで固いベッドに向かうのか。……私みたいな人だろう。


要するに、そういうこと。固いベッドに冷たい食事どころかそれすらも出ない様な、そんなだめだめな宿屋に人なんていないだろう。


そして私は、明らかにボロボロな宿屋を知っている。

あくまで外観による決めつけだけど、間違ってはいないはず。

安そうだし。


でも、問題は同行者だ。

私は同行者のことを考えていなかったからこの人が反対するかもしれない。というか、ほら。


「あ、あの、まさかここに泊まるわけでは無いですよね……?」

「そのまさかですけど」

「えぇ……? 止めておきましょうよ。ほら、もっと清潔な所にしましょう? あっ、お金はわた……俺が払いますから。ね?」


彼のことなんて考えていなかったから、どうしようか。


そういえば、彼の身なりをよく見ていなかった。

先程のお金のことからして裕福そうな気がする。


服も……うん。そこら辺の人には着れなさそうな感じがする。なんとなく、生地が違う気がする。……もしかして、貴族?


流石に飛躍しすぎかもしれない。うーん、でも……この人からは早く離れた方が良いかも。ちょうど、言い訳として使えそうなものもあるし。


「私はこの宿に泊まって行きます。貴方は他の宿をお探しにれば良いでしょう。ここで一度お別れですね」

「えっあっ、ちょっと、ちょっとだけ考えさせて」


上擦った声でそう返事をされる。

女声のような妙な高さがあったけど、びっくりしただけだろう。


しばらく唸って迷っていたが、決めたらしい。


「俺も一緒にここに泊まるよ」


私の想定とは、違う決定が下された。

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私は婚約者と婚約したくありません! 大好きっ子 @Daisukikko

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