第12話

キラズ・バラン。まさか、彼女がこんなところに来るとは思いもしなかった。

当たり前だ。

ここは、裏路地。前世ではスラム街と言ってもいいようなレベルの治安の悪さなのだ。お嬢様が来ていい場所じゃない。それを言うなら私もだけど、一旦それは棚に上げといて、


「ふふふっ。私の王子様。助けに参りましたわ? ……これで、私の事を好きになってくださいますかしら………?」


どうやってかは知らないが、私のことを見つけ、この状態を助けに来たらしい。

そのことに嬉しくは思うが、好きになる程では無い。………多分。


「さて、それでは下衆共。さっさと退きなさい。我が主様のお目汚しを、これ以上するな」


私に語りかけて来た声とは違って低く、ドスの効いた声で口調も変えながら私を襲おうとした男達に語りかける。


「な、なんだよっ! チッ! たかが女1人! この程度、負けはしねえ! お前もぐちゃぐちゃに犯してやる!!」


そう叫びながら2人同時に襲いかかる。

私は呆然としながら、ただ、キラズ様が傷つかないことを祈った。

無意味な祈りだと、理解させられたけど。


綺麗だった。その一言に尽きる。キラズ様は剣を持たず、その脚。蹴り技だけで男2人を沈めた。


流れるような所作だった。

2蹴りだけで相手を無力化させていた。

舞か、踊りか、どのように言い表せば良いのか分からない。ただ、一つ言えるのは、綺麗だった。

もう一度見てみたいと思った。

ずっと見ていたいと思った。


だけど! だーけーど! 私は彼女を好きになったわけでは無い!! この胸の高鳴りも気のせい! 感動! そう、感動しただけだから!!


「我が主様の御前ごぜんです。命だけは、見逃して差し上げましょう」


気絶から回復した男3人は、体の一部をさすりながら小走りにどこかへと行った。


「さぁさぁ、私の王子様! 早く帰りましょう? こんな汚らしい所にいさせられませんわ!」


先程のカッコいい「我が主様」という言葉遣いはやめて、私の王子様となっている。いや、別に、貴女のではないんだけどさ………


「さぁさぁ、行きますわよ!」


手を引っ張ってさっさと裏路地を出る。一応、キラズ様は変装………変装? をしているので、一般庶民に貴族だとバレることもない。後ろに付いてる騎士を見なければ。

うん。前言った通り、騎士ってのは基本的に貴族の護衛の為にいるからね。一般庶民からすれば、騎士がいるだけで貴族がいるのはバレバレ。変装の意味もほぼない。

逆に良いのかもしれないけど。

表通りは、裏よりも確かに治安は良い。しかしそれは、前世と比べれば50歩100歩と言えるようなレベル。酔っ払いだって寝っ転がってるし、盗みだって起きる。

さすがに殺人は起きないけど、言ってしまえばその程度。殺人以外は普通に起きる。

そして、昔、お忍びのお貴族様に気付かず、絡んだ酔っ払いがいたらしい。その酔っ払いの運も悪かったのもあるけど、酔っ払いはその場で処刑された。


お忍び貴族ってのは文字通り、誰にもバレないように忍んでいる。この時、貴族としての身分は通用せず、ただの一般人として扱われる。しかし、もし騎士や護衛を連れていた場合、これは異なる。という、複雑怪奇で面倒な法律があるのだ。

貴族は基本、庶民を自由に殺せる。

自由に、というのは誇張ではなく事実。理由も無く殺すのはダメだが、ならば理由をでっちあげればまかり通るのだから素晴らしい優遇っぷりだ。

まぁ、そんなことを繰り返していれば王家から目をつけられるのは必然。そのうち地位を剥奪され、ひっそりと、闇の中に放り込まれていたりする。


長々と語っていたが、結論は貴族には逆らえないから誰も近寄って来ない。結果として快適に道を歩けるってわけ。

貴族の権力様々だね。


「そう言えば、キラズ様……失敬、バラン公爵令嬢は、どうして私の場所がお分かりに?」

「あら、キラズと呼び捨てにしてもらっても良いですのに……そうですわね、貴方様が王城から出たあたりでしょうか?」


えぇ……それ、最初も最初じゃん………

あそこってバレるんだ。別ルートでも開拓しようかな?


「しかし、いつもは裏路地など治安の悪い所には行きませんのに、どうして今日はそこに?」

「え? あー気分の問題ですよ」

「そうなのですか……?」


疑われてる。そういえばそっか。王子サマの記憶で裏路地に行ったことは無い。治安の悪い所は避けているんだろう。しかし私は自分の好奇心の赴くまま行ってしまった。反省しなきゃな………


「おかげで、貴方様を探すのに少しばかり時間がかかってしまいましたわ。裏路地なんて入らないと思っていましたもの。別の人を王子だと思っていましたわ」

「それは……その、申し訳ございません」


本当に反省しなければ。それにしても、どうやって追いかけてきたんだろう?

それ以外にも疑問はある。とりあえず、それを聞いてみよう。


「いえいえ。今は見つかっていますもの。問題ございませんわ」

「すみません……えっと、いつから、私のことを?」

「いつ、とは?」

「私のことを追いかけてきていたのは何回目からですか?」

「そうですわね……確か、二回目からですわ」

「え……!?」


最初も最初じゃないか……!?


「ああ、安心してくださいまし。王家には何も伝えていませんもの」


それはそれでどうなんだ……? 王家への反逆と受け取られても仕方がないことだよ?

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