43_喫茶論争~Royalty vs. Rogue~

「いらっしゃい、ご注文は?」


 全員がテーブルに腰を下ろすと、すぐに水とメニューが運ばれてきた。


「俺、レモンティーで」


「わ、私は……カフェオレ」


「ブレンドでお願いします……」


 三者三様の注文が続いた後、青山は迷うことなく口を開いた。


「ホットのミルクティーを。茶葉はできればアッサムで」


 その瞬間、比和がにやりと笑う。


「ミルクティーって、紅茶の香りがミルクにかき消されちゃうじゃん」


「ふん、それは安物の紅茶に粗悪なミルクが使われているからだ。きちんとしたものであれば問題ない。それよりも――」


 比和の指摘に対抗した青山は眉をひそめながら間髪入れずに非難する。


「お前は紅茶にレモンを入れて飲むのか? それこそ邪道な飲み方じゃないか?」


「別に変なことじゃないだろ?」


 比和は肩をすくめ、当然とばかりに返す。ただ、青山の表情は『ありえない』と物語っている。


「香りを楽しむための紅茶に、柑橘を加えて味を壊す……理解できないな」


「逆だろ。レモンが入った方がさっぱりして飲みやすいし、疲れてる時にはちょうどいいんだよ」


「レモン独特の苦みが出てくるだろう。それに、クエン酸のせいで紅茶の色味自体が薄くなってしまうじゃないか」


「そこにこだわる必要はないと思うけどね? じゃあ話は少し変わるけど、こずえっちがミルクを入れるタイミングは? 先に入れるか後に入れるか」


 比和が挑発的に笑うと、青山の目が細く鋭くなった。


「愚問だな。答えは後に入れる、それ以外はない」


「へぇ……でもさ、先に入れないとカップが割れるって聞いたことあるけど?」


「安物のカップを基準に語るな。陶器や磁器は、本来それくらいで壊れるようには作られていない」


「でも温度が下がって、ぬるくなったら意味なくね?」


「紅茶を飲むのに、香りを損なう方がよほど愚かだ」


 二人の会話の応酬を聞いて、黄瀬がふっと小さく笑った。


「ふふっ……まるで、イギリスとアメリカの紅茶論争みたい」


 その一言に青山の目が細く光る。


「……確かに、そうかもしれないな……なら、いっそこれから会話してみるか?」


「別に俺はオッケーだけど? ハジメがついてこれるかな?」


「ふん、そういうお前も疑わしいがな」


 青山は比和にジトっとした目線を送るが、比和はそれに対して肩を揺らして笑い、すぐに軽やかな声で切り出した。


「――――――――」


 案の定、真中はその内容を全く理解できない。


「――センス? ――」


「ティーイズ――――――」


 ところどころの単語なら聞き取れるものの、飛び交う英会話を理解することは真中にとってはほぼ無理なことだった。完全に取り残されてしまったが、二人の論争はよくも悪くも白熱しているようだ。


「ナンセンス‼ ――――――――――――」


「カモン!! ――――――――――――――――――?」


「――――――ポイント。ティーイズ――――――――――――――――――」


 英語のやり取りがどんどんテンポを増していく。二人とも、本気で負ける気はないらしい。


「……な、なんだこれ……?」


 比和がそんなに出来る側の人間だとは思っていなかったこともあり、ポカンと口を開けるしかできなかった。


 そして、この会話が周りの客にも聞こえていたようで、にわかにざわつき始めた。


「え、英語……?」「高校生……だよな?」「何の話してんだ?」


 好奇の視線がじわじわと四人のテーブルに集まっていく。真中は慌てて身を縮めた。


「や、やべぇ……俺だけ置いてけぼりな上に、周りまで注目してきてるじゃねぇか……」


 そんな真中の耳元で、黄瀬が小声で訳す。


「比和くんは『熱い紅茶が飲めないのに洗練されているなんておかしい』って主張してて、青山さんは『お茶は温度ではなく香りが大切だ』って返してるの」


「まじか~……」


 一人だけ取り残されたと思っていた真中だったが、いつの間にかカラン――とカップとソーサーの音が響き、マスターが注文の品を運んできた。


「実に楽しい議論だが――」


 と、穏やかに口を開き、


「ここはイギリスでもアメリカでもないんだ。自由に楽しんでいってくれるとうれしいかな」


 それだけ言って、湯気の立つカップをそれぞれの前に置いた。


「ただの言葉遊びみたいなもんですよ」


 比和がそう言ってフォローすると、マスターはにっこりと微笑んで、


「ごゆっくり」


 その一言と共に去って言った。そして、それと同時に、ざわついていた視線も徐々に散っていく。


 真中は両手でカップを抱えながら、小さくうめいた。


「……ほんと、俺だけ何も分かんねぇ……」


 横で黄瀬が苦笑しつつ「でも、こういうのも勉強になるよ」と呟き、青山はすかさず言い放つ。


「――よし、休憩は終わりだ。飲みながらでいい、せっかくだから単語の暗記から行くぞ」


「やっぱり終わってねぇ……」


 真中は頭を抱えながら、熱いコーヒーを一口すするしかなかった。

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