40_逃げられない放課後~Out of Options~
「――え~、次の中間テストがいよいよ一週間後に迫っているわけだが……勉強は
一拍置いて、佐藤は教卓に両手をつき、さらに続ける。教室全体を鋭く見渡すその視線は、どの生徒にとっても無視できない圧を持っていた。
「それと、中間テストが終わるとすぐに生徒会選挙、体育祭と立て続けに行事があるが、そのすぐ後で再び期末テストが待っている。特に、成績不振で赤点を取った生徒は、全員で同じ補習授業を受けることになるから、くれぐれも準備は怠らないようにな? 以上」
完全に自分の方へ視線を向けて言ってきているのだから『真中と同じ補習の授業を受けることは恥ずかしいだろ?』と言外に言っているようなものだ。
嫌味なやり方だと思ったが、クラスメイトの何人かが、クスクスと笑うわけでもなく、それでいて意識的にこちらを見ないようにしているのが逆に分かる。机の上で鉛筆を弄ぶ者、窓の外に無理やり視線を逸らす者――どれも、居心地の悪さを誤魔化そうとしている仕草だ。
これはある意味『ある一人を脅しの道具として使ってモチベーションを向上させて成績不振を防ぐ』と言う効果を期待してのことだろう。
教師としては効率的なのかもしれないが、当の本人からすればたまったものではない。
だが、だからと言って軽口を叩いたり、反論したりできるような雰囲気ではなかった。
息苦しい沈黙を抱えたままホームルームが終わり、やっと下校かと思った。その時――
「おい真中、少し待て」
「え……何……?」
真中が立ち上がるよりも先に、青山が声をかけてきた。
勉強会は朝にやった。放課後は部活か、あるいは生徒会の補佐をするはずだ。放課後にわざわざ呼び止められるなんて、真中は嫌な予感しかしなかった。
「決まっているだろう。今日から放課後も勉強会だ」
「あれ、青山さん……生徒会とか部活とかは……?」
昨日も一昨日もあれだけ連れまわされた真中からすれば、あんな多忙な中でさらに勉強会なんて不可能に思える。
しかし、青山は口の端をわずかに上げ、不敵な笑みを浮かべつつ告げた。
「安心しろ、テスト一週間前からは部活も生徒会も休みになる。よかったじゃないか、これでとことん勉強ができるな!」
「えぇ……」
別に帰ってやることがあるわけではない。ただ、今日は朝に勉強会をして既にお腹いっぱいだ。
「あの……せめて明日からとか――」
「ダメだ」
「じゃぁ、せめて……明日から朝の勉強会は無しに――」
「できるわけがないだろう」
無駄だと分かりつつ抵抗してみたものの、それは徒労になった。青山は寸分の揺らぎもなく断ち切る。
「お前と勉強をしていて分かったが、圧倒的に勉強時間が足りていない。放課後全て――とまでいかなくていいが、せめて一時間は校内に残って勉強するべきだ」
青山にそう断言されると、真中はガックリとうなだれた。正面から見れば冷徹にすら映るその態度は、教師よりも教師らしいとさえ思える。
「うへぇ……もうお腹いっぱいなんですけど……」
机に突っ伏したくなる衝動を抑えつつ、彼は必死に抗議しようとした――その時だった。
「あ、お二人さんはまだ残る感じ?」
真中の背後から明るい声が響き、比和が顔を出してきた。
「朝みたいなことやるなら俺も参加していいか? 俺も一人だと勉強進まねぇだろうし」
「またお前か……」
嫌そうな顔をする青山だったが、比和は気にしている様子はない。
「まぁまぁ、とりあえず勉強するならどこよ? 自習室は一杯だろうし、教室は騒がしいだろうし」
「そうだな……不本意ではあるが、図書室を使うしかないだろう」
「『不本意』って……」
その言葉の裏には確かに『まだ疑っている』と言う言葉が隠されている。
「青山さん、何度も言ってるけど、あれは本当に事故だったんだって……」
「そうか、ならその証拠となるものを見せてもらわないとな」
聞く耳を持たない、というのはこういう事を言うのだろう。
一瞬で冷たい空気に変わったことを見かねてか、比和が頭をかきながら「はいはい」と言って話を元に戻そうとする。
「こずえっちが真中を疑うのはまぁ、性格もあって仕方ないとして……だからってこんなことに時間を使ってる暇なんか、今はないよな?」
「……そうだな。今はテスト勉強の方を優先させないとな」
ふぅ――と、細く長く呼吸をしてから、青山は体の向きを変えて教室を出ようとした。その時だった――
「あ、わっ……私も、行く」
黄瀬が慌てたように声を上げ、三人のもと駆け寄ってきた。
「え、黄瀬さん!? 無理しなくていいのよ?」
「まぁ『無害を証明する』にはこれが一番手っ取り早いよな」
この展開に青山は驚き、比和は納得し、そして真中は置いてけぼりを食らった。
「え、どういう事……?」
話についていけない真中はただただ動揺するだけだったが、
「ま、ハジメは愛されキャラだってことだな」
比和が茶化すように言い、青山が白い目で彼のことを睨む。
けれど、さっきまで張り詰めていた空気が少しだけ和らいだのは確かだった。
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