36_『柔道』する比和~Knowing how to fall~
ただ休憩と言っても、その時間は真中が想像しているようなものとは全く違っていた。
ある部員は水分補給のために飲み物を求め、またある者は練習で外れたテーピングを巻き直す――それぞれが休憩を取りつつも、次の練習に向けて準備を進めているようで、真中は驚きを隠せなかった。
「これが……休憩? ただの準備時間じゃないか?」
「ほう、良いところに気が付いたな。真中、確かにお前の言う通り、休憩と言っても今は次の練習に向けての準備期間という認識で合っているぞ。だからな――」
体をひねる運動をしながら、青山は器用に比和の方を見つめた。
「私も次の乱取りからは練習に参加するためにも……比和、準備運動がてらに打ち込みでもしておいたほうが良いだろう?」
「あ~……いやぁ……汗をかくのはちょっと――」
比和なんとも言えない返事に、青山は呆れることを隠す気がないようだ。
「柔道をで汗をかかずに練習するなど聞いたことがないぞ……? ほら、体を慣らさないと怪我するだろう?」
そう言うと、青山は比和のことを構う様子もせず、彼に面と向かって対峙する。
「……へいへい、わかりましたよっと」
それを見て比和も観念したのか、青山と同じように向き合うと、どちらが言うでもなく、二人が同時に礼をしてから組み合った。
「こずえっちからどうぞ」
「お前というやつは……まぁいい、体落としだ」
その短いやり取りで、二人は何か役割が決まったようだ。ただ――
「これは……?」
青山が言った『体落とし』という技の練習なのか、彼女は比和の襟と袖をつかんだまま体を回転させ、片足を延ばしては元の位置に戻る――という動作を繰り返しているだけだ。
「そうか、君たちが見るのは初めてだね。これは『打ち込み』と言って、練習の中でも基本中の基本になるものなんだよ。そして、青山くんがしているのは『体落とし』という技さ。ただ――青山、もっと相手をかける方の足に体重をかけるんだ。さながら大木の根のように、畳から足を浮かせないようにするんだ」
「はいっ!」
野村主将のフォローがあり、真中は二人が何をしているのか分かった。ただ、真中からすれば十分きれいに見えるフォームであっても、主将はそう見えなかったらしい。
意識するところを変えるように指示したらしいが、青山が行った動作は、真中からすれば先ほどとほとんど変わっていないように見えた。
「さっきとどこが違うんだ……?」
そんな細かいところを指導して、変わるものなのか。真中は主将が細かいところを気にしすぎているようにも思ったが、数回の繰り返される動作を見て、主将は満足げにうなずく。
「うんうん、いいぞ、その調子だ」
早さよりも正確さに重点を置いている――ように見える青山の打ち込みが、そこそこな回数繰り返されると、今度は比和が彼女に提案をしてきた。
「こずえっち、打ち込みだけだとわかんないんじゃない? 一回くらいならオレが投げられようか?」
「……大丈夫か?」
彼の提案に青山は眉をひそめるが、比和は本気で言っているらしい。
「どうせ『多少は体を動かす必要がある』んだろ? だったら喜んで投げられ役を請け負おうじゃないか」
明らかに意図して朗らかに応える比和に、ある種の気味悪さを感じたのか、青山は少し顔を引きつらせる。ただ、少し考えた後に答えは出たようだ。
「じゃあ遠慮なくやらせてもらうが……怪我をしても、知らないぞ――‼」
そう言いながら青山が比和の前で回転したと思った瞬間、比和は畳に叩きつけられ、道場で何か小さな爆発が起こったのではと勘違いしそうになるような破裂音が炸裂した。
「ちょ、ちょっ、青山さん! 今のはやり過ぎじゃ――」
「ふん、心配するな。よく見てみろ」
驚く真中とは対照的に、青山は微動だにせず比和を見据えていた。
「いやぁ効いた効いた。ちょっとは我慢してみるつもりだったんだけど、あれだけ綺麗に決められたら、流石に何にもできねぇな」
畳の上で倒れていたはずの体が、のそり――と音を立てるように起き上がる。
「まぁ……彼ならあの程度、問題ないだろうな」
主将は顎に手を当てながら、含みのある言い方をしてきたが、真中は理解が追い付かない。
「え? 今のあれって結構ヤバいんじゃないんですか⁉」
あれほど大きな音がしたというのに、主将はおろか部員の誰一人として比和の身を案じる者はいない。
「まぁ君たちが彼女の技を受ければただでは済まないが、安心したまえ。比和くんだったか? 彼の受け身は完璧と言っても差し支えない。だから、あれくらいの投げ技なら、なんてことないよ」
真中を落ち着かせるために行っている方便でないことは分かる。ただ、にわかには信じがたい光景を目の当たりにしたことも事実だ。
「ハジメ、俺はマジで大丈夫だから安心しろって」
比和は軽く手を振って返事をする。確かに、飄々としたその姿からは無理をしている様子はなかった。
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