わたしが一番嫌いなもの

わたしクラスのシャンプーマンでも最大の弱点がある……それは「虫」。


 稀に迷い込む予測不能生物!


 それは光を求めてかどうかは分からないが、美容室を飛び回り、店内をパニックに陥れる、超巨大昆虫【トノサマバッタ】!


 超巨大昆虫というのは、わたしにとって超巨大に認定されてるということだ。


 蚊➖虫


 ハエ➖虫


 カメムシ➖臭い虫


 ゴキブリ➖超怖い害虫


 トノサマバッタ➖超巨大昆虫 圧倒的な脅威


 トノサマバッタはゴキブリより脅威ランキングは上です。なぜなら、ゴキブリは逃げるけど、バッタは逃げない、むしろ飛びついてくる。


 外にタオルを干してるから入って来たのか?……お客様と一緒に入って来たのか?


 侵入経路は不明……それは、日も落ちた夕暮れ時、セット面でシャンプーあがりのお客様の髪に、流さないタイプのトリートメントを塗布していた時だった。


 流さないタイプのトリートメントは、ドライヤーの熱から髪を守るので必ずつけてくださいね。根元につけちゃダメですよ、中間から毛先へと潤いを……ん?


 あ…… ああ……ウソでしょ。視界の端、こちらを見据え、同じ目線の高さにソレはいる。


 今か今かとその時を待っているようだ。


 血の気が引き、全身に鳥肌が立つ。


 お客様を置いて逃げるわけにはいかない、まずはお客様の安全を確保するんだ。


 足がすくむ……本当に苦手なのだ……もしもソレが飛ぼうものなら軽く気絶できる。


「お客様、ゆっくりこちらへ移動してもらってもいいですか?」小声で促す。


「え!?何ですか?」コラァ〜、そんなバカでかい声を出すな!ヤツが飛んだらどうする。とその時!


 ビビッと音が聞こえる、キャア〜、ギャア〜と絶叫がこだまする。飛んでは止まり、飛んでは止まりを繰り返す。


 カオスと化す店内を悠然と歩く勇者。「こういうのは騒ぐからいけないですよ、バッタというのは音の方向に飛んでいきます。慌てず冷静にいれば飛びついたりしませんから」


 そ……そうなの?初耳なんだけど、でも普段ならまったくカッコいいとは思えない、この後輩メンズスタッフがすごくカッコよく見える……虫に平気な男ってカッコいいですよね。


 わたしは、お客様と寄り添い、後輩とバッタの動向から目が離せない。


 音を立てなければ平気、音を立てなければ平気、音を立てなければ平気、わたしは、怯えつつも呪文のように唱え見守る。


「そんなに怯えなくても平気ですって、ビビるからバッタもこっちに飛んでくるって言ったでしょ。こんなもん、スっといってパッと捕まえるんですよ……」


 ビビッ!ビタンッとバッタが後輩の顔に張り付いた!


「ギャア〜!目が、目がぁ〜」とムスカさながらに発狂する後輩!


 カッコ悪っ……ていうか、バッタの生態を得意げに言ってたわりに間違ってんじゃん……


 やっぱバッタは恐ろしい……(虫好きには申し訳ないけど本当に無理)。


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