第36話 ダンジョン組合会合の準備(2)

 リンデンの言った『魔蜘蛛』とは蜘蛛が瘴気を浴びて魔物化したものだ。

 通常の蜘蛛と同じく巣を張って獲物を待ちかまえるが、それだけではなく自ら狩りに出ることもある。獲物となるのは主に小動物だが、大きな個体だと人間もまた標的になることがあるらしい。


「そこそこ知能が発達していてね、狩った獲物を自分が出した糸でまゆのようにくるんで保存するんだ。獲物には麻痺毒を注入して動けなくしている。とどめを刺さないのは死ぬと腐敗が進んで鮮度が保てないからなんだろうね」


 毒で動けなくされ繭にくるまれ食われるのを待っている状態。想像しただけで震えが止まらない。


「その繭玉が貴重なんだよ。単なる巣よりも糸が多くとれるからね。もちろん、大きな個体の方が大きな獲物をたくさんくるんで保存している。そこからこっそり繭玉を奪い取るんだ」


 魔蜘蛛の恐ろしさに息をのんだが、それを出し抜く人間も相当ずるがしこいな。蜘蛛の立場に立てば保存していた食料を奪っていくんだから、かなり迷惑な存在だろう。


「大きな魔蜘蛛の巣がわかればそれは宝の山さ。それを見つけるために自らおとりとなる冒険者もいる」


「命知らずですね……」


 私はようやくコメントを発することができた。


「そう危険の伴うことだ。だから二人以上のチームで行う。一人がおとりになり魔蜘蛛に繭玉にされ巣まで連れていかれる。他の者が跡をつけ、捕まった者を助け出すついでに他の繭玉も失敬するというわけさ。奪った繭玉の中にたまに魔獣が入っていることもあるけど、麻痺毒を注入されているから退治も簡単だし、おまけのお宝としてゲットできるんだね」


「あの、でも……、おとりの人も毒を注入されるんですよね……」


「そのために最高級の防毒アンダーウェアーなどを着込むんだよ」


「なるほど……」


「それを専門にしている冒険者もいてね。彼らは賢いよ。あまりにも巣から獲物を失敬しすぎると、魔蜘蛛が巣の場所を変えるかもしれないから、気づかれない程度にちょこちょこっと細く長くお宝を頂戴するんだってさ」


 蜘蛛と人間の知恵比べみたいなものだね。


「魔蜘蛛の糸っていうのは不思議でね、どんな染料を使っても紫系統の色にしか染まらないんだ。染料によって濃くなったり薄くなったり、赤っぽくなったり青っぽくなったりはするんだけどね」


「それでこの刺繍も紫ベースで……」


「そう、毒防御に優れたアンダーウェアが紫なのは魔蜘蛛の糸の色が由来なんだよ」


「そうだったんですか」


 この見事な刺繍に秘められた物語。

 また年寄りリンデンの長話が始まったと思ったけど、意外に面白かった。


「これならあのキルシュさんにも堂々と見せられるから、自信を持って行っておいで」


「えっ、行くってどこに?」


「ダンジョン組合の会合に決まってるだろう」


 リンデンがこともなげに言う。


 そういえば、四か月に一度、各ダンジョンの責任者が王都に集まり会合を開くんだった。前回の十二月にはリンデンに連れられて顔を出し、そこで新たな責任者として紹介された。


「一度行っているから大丈夫だよね。今度はひとりで行けるよね」


「えっ、えっ……、ついてきてくれないんですか?」


 私はすがるようにリンデンに言う。


「あたりまえだよ、これからは君がいくべき会合だよ、責任者なんだから」


 突き放された!

 皆でお茶を飲みながら近況報告しあうだけの集まりだから気楽に行けって、リンデンは言うけど……。


「ああ、それから、頼まれていた腕輪もできたよ」


 リンデンが話を変え、紫水晶が埋め込まれたバングルを差し出した。

 

「わあっ!」


 待ちわびていたお宝に私はさっきの心配事を脇にやり歓声を上げた。


 水晶の周りの彫り模様は魔法陣だろうか?

 魔蜘蛛糸刺繍のシャツともコーディネイト的にも合いそうでうれしい。


 このバングルは上蓋が開く構造になっていて中は異次元空間とつながっている。その中に小さな袋や箱がいくつか入っていて、それを取り出し中にものを詰めると小さくなり収納できる優れもの。シアンがそれに戦いや野営に必要な装備を収めているのを見て、私も欲しくなり注文していた。


 ただ、腕輪そのものの金属加工と、異次元をつなげ、物を自在に大きくしたり小さくしたりする魔法加工。どちらの加工も熟練の技が必要で、携われる人はそれほど多くない。欲しがる人は多いが供給が追い付かず、注文をしてもかなり待たされる魔道具の一つであった。


 お値段もそれなりにかかる。シャツの加工は余っている補助金で何とかなったが、こちらは自分のお小遣いから出している。


「一泊程度の荷物ならすべておさまるから、準備万端だね」


 リンデンがにっこり笑う。


 引頭を渡された気がする。

 しゃあない、一人で行くっきゃないのか。



◇ ◇ ◇


 四の倍数の月の第四金曜日がダンジョン組合会合が開かれる日である。


「ミヤの登録、まだだったんだね」


 出発前夜、ユーグが慌てて私の登録をやってくれている。


 各ダンジョンには王都の組合本部と通じるポータルがあり、登録している職員しか使えないようになっている。


 リンデンはここティミヤンのほかに、王都レムバームとS級ダンジョンのある町セージにも店舗を持っている。その三つの店を移動できるポータルが店の中にあり、前回はそれを使用したのでこちらは登録をしていなかったことに一日間の夜にようやく気づいた。


「さあ、ここに手を当てて、右でも左でもいいからね」


 登録には手形が必要なようだ。指紋認証と似ているな。血や髪の毛をささげるような生々しい感じじゃなくよかった。


「はい、終了」


 ユーグがほっと一息つく。


「どうもありがとう」


「いやいやこちらこそ、すっかり忘れてて……」


 明日の朝じゃ間に合わず遅刻するところだった、ギリギリセーフ。

 

『なんてことない』とリンデンが言う会合の準備は直前までバタバタしながら、翌朝、ユーグとシアンに見送られて私は王都へと旅立った。


 移動は一瞬だったけどね。


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