二章 百舌鳥・飴玉・祈り
第八話 百舌鳥
「いっぱいお世話になっちゃったね。本当にありがとう」
あれから一週間。アカネさんの体調が完全に回復し、鯨崎一行は九条家を去ることになった。
「三人はこれから神社に移るんですよね。ひとまず安心です。もしなにかあればすぐ駆けつけますから」
「サクタくんありがとう〜〜〜!!俺も力になれることあったらすぐ行くからさっ。また恩返しさせてくれよな」
「おれも俺もっ!!生活が落ち着いたらまたそっちに遊びに行くよ。フキだってまたハタゾンビと会いたいでしょ?」
「…遊んでやらないこともないです!」
「フキフキったら、すなおじゃナイ〜」
ハタゾンビとおじいちゃん、そして三浦と共に彼らを全員で見送った。
一週間という少し長い時間を共に過ごし、彼らのことが少し分かった。
ラッキー鯨崎は名前の通りの愉快な男で、人を笑かすのが大好きな人だった。アカネさんは繊細なんだか大胆なんだかわからない、でも大切な人を全力で愛せる人だ。みんな、あの予知夢の里に囚われていたからきっと曲がってしまった。
「いい笑顔じゃな」
「ね」
もう一度歩き直せる。生きるって、こういうことだ。
鯨崎さん達には、いっぱい幸せになってほしい。
「…じゃあ、僕は学校の支度をしますね」
「そうだな。朝ごはんつくってやらぁ!」
「三浦さんの卵焼き大好きです」
「ふんふん、今日も良い日だな!」
ぴょんぴょんと飛ぶ蛙を捕まえ、口の中にぽーんっと入れる。
「そーだな、今日はここにしよう!」
ちょうど良い木の上に寝転がる。前の人が落としていった本を片手に、そこら辺を歩いていたバッタを口にいれた。
「そろそろかな、まだまだかな」
鼻歌を歌うのにふさわしい、おっきな入道雲の映える良い天気だ。
おっきなあくびをした後、お決まりの音を聞いて、胸が高鳴った。
ギシ、ギシ、ギシ
「うふふ、これでまた母さん達よろこぶぞ!ありがとう、相生」
早く、もっともっと人間がいっぱいきてほしいな。
「こんなに暑いと、やっぱり夏本番って感じしちゃうよな」
「入道雲でか…。リン、傘持ってる?」
「持ってないぜ。てか雨降るんスカ?こんな青空なのに」
「だって雨の匂いする」
「だる〜」
昼休み、眠たい古典の授業を済ませ、僕らは中庭で昼ご飯を食べていた。
三浦のおにぎりは、リンのと違って少し甘い。これもこれで僕の好みの味だ。
「サクタさ、結局ラッキー鯨崎達には何にも言わなかったのな」
「…そーね。まあ、簡単に言えたものでもないし」
「そりゃそうか」
ぼんやりとした会話の中、発達していく雲をなんとなく眺める。
ハタゾンビとも一緒に見たかった。
…なんて、余計なことまで考えてしまった。
「でもさ、遺言とか色々…忘れんなよ。サクタにしかできないことなのは分かるけど、すっごく危険なことだろ」
「…うん。それは理解してる」
母が僕に遺した、唯一の遺書。祓い屋になってから、じいちゃんに渡してもらった。
達筆な字で書いてあったもんだから、仕方なくじいちゃんに読んでもらった。
僕はそれを、一言一句頭に焼き付け、今日まで生きてきた。
『九条朔太に遺します。皮剥がしに出会ったのなら、あなたが元に戻してあげなさい。方法は父に託しました。そして、噂話でも、銀色の髪の人間がいると聞いたのなら、全てが始まったと自覚しなさい。人間の皮を奪い、己を神だと自称する厄災です。闘いなさい。あなたの役割です。』
『厄災は、あなたの片割れと言っていいでしょう。魂を奪われぬよう、屍人とともに助け合うように。喧嘩はしても、お互いをなじりあうことのないように、あなたが気をつけなさい。』
『託しました。よろしくお願いします。』
「…はぁ〜。なんか気がめいっちゃうな。そろそろいこうよ」
「おう。次の教科なんだっけ」
「えーと、数学一だね」
「うわ、絶対寝るんだけど…」
ぐだぐだしながら下駄箱で靴を履き替える。
上履きに手を伸ばしたその瞬間、見知らぬ物がパサッと僕の足元に落ちた。
ぎょっとしてすぐにそれを拾い上げる。
「りり、リン」
「なんそれ、てがみ…」
二人して絶句する。
顔を見合わせて、再び手元に目をやる。
「「手紙じゃん!?」」
明らかにピンク色の可愛い封筒だ。
シールもくまちゃんのやつで、隅にまるっちょい字で「サクタさんへ」と書かれている。
これは、これは…。
「…確でしょ」
「いーやまてサクタ!!!これもなんかの罠だろ!お前近衛?ってやつに狙われてるっぽいし」
「なんだよ人聞きの悪い。中身よませなさい」
「ぐああああ!おれっ、俺が読むー!」
「あ、ちょ」
ぱさ、っと中の便箋が宙を舞う。
と同時に、俺は予想もしない言葉が綴られているのに気がついた。
『助けてください。妹を守りたいんです。放課後、剣道部に来てください。 相生』
sosだ。
こんなにダイレクトな相談は、高校生活で初めてのことだ。思わずえ、と言った。
「サクタ」
「…うん。行ってあげよう」
ただならない胸騒ぎをおさえながら、僕たちは教室へと急いだ。
「リンって部活どっか所属してたっけ」
「中学のときは陸上だったけど…、ランニングコースの山に触り神がいるの気付いちゃって、結局怖くて部活やめちゃった」
「あるあるだ…。山はただでさえ神聖な場所だからね〜。穢れてると、本当半端ないよね」
「怖すぎて俺ら太刀打ちできないもんな!」
雑談を交わしつつ、剣道部の部活風景を眺めながら、依頼者をリンと待つ。
帰宅部エースの僕たちとしては、その光景が少しキラキラしすぎている。
月曜日の日差しも、やはり勘弁ならない。
「まだかな〜」
「…あれだね」
僕たちを見かけるなり、とんでもない勢いでこちらに走ってくる。
剣道着を着た、茶髪の男子だ。
「サクタさーーん!!こんにちはーーーー!」
声がデカい。好青年の声が道場の入り口に響く。
目を凝らしてびっくりした。背がスラリと高い。彼、アカネさんとはまた違う……、傾国じみた端正な顔立ちだ。思わず一歩下がる。
「相生先輩!今日はもう帰っちゃうんですかぁ?」
「おれ、明日先輩と模擬戦したいっす!!」
「二人ともありがとう。今日はちょっと用事あるから、また明日ね!いつも応援してくれてありがと」
「「きゃ〜〜今日もかっこいい!!!」」
…なにを、見せられている…。てか本当にピンチかコイツ。リンなんて頭を抱え始めてしまった。
「…手紙、僕の靴箱にいれてくれた人…、だよね」
「そうです!!俺っ、相生って言います!相生孝介。コウスケって呼んでくださいっ!」
「めっちゃモテモテじゃん君…。あんまり僕みたいな人間に、ラブレターみたいな装丁の手紙出さないほうがいいって」
「えへへ、すんません。妹から手紙とシールもらったんです。かわいいでしょ?」
あまりの眩しさにそそくさと逃げようとするリンを、しっかりとつかまえる。
「そっちの方は?」
「おっ、」
「?」
「おっ、俺は鳴山高校一の秀才…っ、宇佐美琳だ!!おぼえとけコノヤロ〜っ!」
「秀才〜!?すげ〜〜!!俺馬鹿だから、いつもテスト補修組で…。師匠ってよばせてください!!」
「も、もちろんだともぉ」
本物の爽やかイケメンの前で、アリもしない虚勢を張っている。愚かな生き物…。
でも分かる。すごく気の良いやつだ。応援してくれる人間で、しかも女子も男子も関係なく、あそこまで素直に接している。生来の性格ゆえなのだろうか。
僕が少し心を開くと、相生は真剣な顔になって言った。
「そう、俺、サクタさんと師匠に相談したいことがあって、ここに呼ばさせてもらいました」
「…そうっぽいね。どうする、もう部活抜けられそう?」
「はい。着替えるので、少し待っていてもらえますか」
「わかった。待ってるね」
俺とリンは、顔を見合わせた。
「あんま大きな声でいえんけどさ、今後ろにでっけえイタチみたいなの通ったよな」
「…相生、目で追ってた。多分だけど、障り神がみえるんだ」
「だよな…。まだ凶暴になってなくてよかったぜ。心臓どきどきしちゃった」
彼は、一体いつ頃から見えるようになったのだろうか。
あれほど無視する技術があるなら、きっと一年ちょいはいっているだろう。
「…てか正直さ!!こ本当のラブレター来たならさ、サクタはオッケーしたん?」
「するわけない。僕はハタゾンビ一筋だよ。リンが一番わかってるでしょ」
「だよね〜」
そんなこんなで、制服姿のイケメンが部室から出てきた。
「おまたせしました。ではさっそく…」
「おお、なんてスピーディー」
ごほん、と咳払いをし、とある地図を見せてくる。
「この山なんですけど…。
「聞いたことはないけど…。リンならしってるんじゃない?ほら中学の時のランニングコースでしょ、この山」
「ううーん。単純に俺だけが怖がっているものだとばかり。モズとかなんとかは知らないけどさ。それより、俺にとってここはどっちかっちゃ…」
「自殺の名所、ですよね」
「…うん」
セミの声がシャワシワと校舎に響く。
彼の顔に、夏の青い影が落ちる。
「おそらく俺が中二の頃くらい…、自殺の名所とまことしやかに呼ばれ始めたこの山で、俺の兄が、首を吊りました。立て続けに父と祖母も」
「…っ」
「あと家に残っているのは、僕と妹だけで…。そろそろ養護施設に入るんですけど、なんだかその前に、妹も山へ行っちゃいそうで怖くて」
相生はそういうと、僕の手を強く握った。
「…どうか、妹だけでも助けてあげてほしいんです」
第八話 百舌鳥
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