第30話: 親友の最期

「ムレナ…!! アゲラーをお願いっ!!」


 私はムレナがいる部屋に入るや否や、アゲラーを床に寝転がせた。


「どうしたのですか⁉︎ アゲラー様…? アゲラー様っ‼︎」


 私があまりにも普通でない態度を示したため、ムレナは混乱したようだったが、アゲラーの様子を見ると、一気に体の温かみが消えたように青ざめた。


「シャクナゲ様。あなたは戦場へお戻りください。

 私が精一杯アゲラー様を治療させていただきます‼︎」

「えぇ…わかったわ。アゲラーをお願いね」


 私は悟ってしまった。彼女がこうも焦ることは少ない。彼女が焦る時は大抵、命に関わる時だった。


 本当に命の危険が感じられた時にだけ、彼女は焦る。


 私はただ、部屋のドアに寄りかかって、彼女との思い出を振り返っていた。







「てめぇだけは絶手に許さない!!」

「なんとでも言ってろ。てめえは…てめえなんかでは、俺を止められねえよ」


 俺は今、アコニタムに拘束されている。


 俺だけではない。ヒヤシキスや他のシャクナゲに味方する者までもが、縄で手を縛られ、身動きを取れなくなっていた。


「シュウ、ごめん」


 俺たちは、負傷したアゲラーを薬草家であるムレナの元へ連れていくために、シャクナゲを守るようにして、陣を組んだのだが、圧倒的な数の暴力に負け、今、出てくるはずのシャクナゲを待っているところだった。


「もう十五分になりまっせ、兄貴。

 あいつ、心中でもしたんじゃないすか?」


「黙って待っとけイーラ。それと、その兄貴ってのはやめろ。

 てめぇの方が年上だろうが」


「えぇ〜いいじゃないっすか兄貴〜〜」


 拘束しているだけではつまらないのか、時々相手同士で話し合っている声が聞こえてくる。どうやら今アコニタムが話している相手は、イーラという男らしい。


 見た目は中腰でどこか怪しげな雰囲気を漂わせるおじさんと言ったところだろうか。おじさんと言っても、アコニタムより少し年上程度らしいから、三十歳もいっていないのかもしれないけど…


 腰には何も刺していないようなのでおそらくこの人も、魔術師、もしくは薬草家なのだろう。と言っても、薬草家というのは魔法の類が全く使えない人が仕方なく選ぶような職のため、魔術師に比べてはるかに少ないと聞く。


「やめてくれ。むず痒い」

「おや?もしかして照れてるんすか?兄貴ったら可愛い」

「いっぺんその口黙らせるか」

「何それ怖い‼︎」


 この雰囲気を見る感じ、彼らの中はとても親しいようで、会話の合間合間に笑みが溢れでていた。


 あとどれくらい、この空気の中を過ごさなれば、ならないのだろう。


 俺はふと、戻ってこないシャクナゲのことを考える。


 中で何があったのだろう。アゲラーは大丈夫なのだろうか。

 シャクナゲすら出て来れないほど、中では忙しく動いているのか。







 不意にドアが開けられ、私はびっくりして思い返していたアゲラーとの思い出を、反射的に止めてしまった。


 中から、ドスドスと気力のない足音を鳴らしながら、ムレナが出てきた。


「シャクナゲ様に伝えないと……」


 目の前にいる私にまるで気づいていないのだろう。

 目元は朧げで、今しっかり前を見れているのか。

 それすらも危うい様子だ。


「……ムレナ。私なら…ここに……」


 私は遠慮しがちに声をかけるが、ムレナは、


「シャクナゲ様に伝えないと……」


 と言ったきり、そのまま歩いて行ってしまった。


 私は「ムレナ‼︎」と少し強めに呼びかけもしたが、結果は何回やっても無駄だった。


「どうしちゃったのかしら……アゲラーっ!!」


 私は途中で彼女を追いかけるのをやめ、アゲラーの元へと向かった。


「アゲラー‼︎ —っ……」


 私は勢いよく中へと入るが、そこで知ってしまった事実に、私は言葉が出なくなってしまった。


 そこには、静かに息を引き取ったアゲラーが寝かされていた。


「アゲラー……」


 私は崩れ落ち、その場で涙を流す。


 呼びかけてもアゲラーが反応を示すわけでもないが、私は彼女の名前を呼び続けた。


「きゃっ!! シャクナゲ様‼︎ 助けてください‼︎」

「⁉︎ムレナ?」


 アゲラーの死ですっかり頭から離れて行ってしまっていたが、ムレナは私を探しに外へ行こうとしていたのだということを思い出した。


 そのムレナが、今私に助けを求めた。ただ事でない雰囲気を感じ、私はアゲラーを残して、ムレナの元へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る