第4話 優しさ
どうしてこうなった?
どうして二人がキスを?
秋夜は私の彼氏だし、茜は幼馴染。
私が秋夜と付き合っているのを知っているのに。
どうしてこんな酷いことを二人は私にするのだろうか。
それも教室で。
誰かに見られても構わないから?
自分達の方が好き同士だから?
ずっと私を馬鹿にしていたの?
いくら考えてもどうして二人が私を裏切ったのか理由がわからなかった。
本当はこんな姿、誰にも見られたくない。
惨めで恥ずかしい。
でも、信じていた二人に裏切られたのがショックすぎて私は指一本動かせなかった。
だから、今こうなっているのは私の意思じゃない。
そう自分に言い聞かせ、藤堂の腕の中で静かに涙を流した。
暫くして落ち着くと藤堂に「ごめん」と言って離れる。
「……いや」
藤堂は気まずそうな顔する。
それも仕方ない。
自分と仲の良い友達が浮気している現場をその彼女と見てしまったのだから。
「藤堂くん。悪いんだけどさ、もう少しここにいてくれない」
「ああ、それは別に構わないけど……」
藤堂の許可を得ると私はスマホをスカートから取り出し秋夜にラインをする。
『ごめん。まだかかりそう。今日のデートは無しでお願い』
と、簡潔に送る。
するとすぐに秋夜から返信がきて『わかった。頑張れよ』と。
いつもなら喜ぶのに、今日は腹がたった。
これから茜とデートでもするのだと想像するだけで頭がおかしくなりそうだった。
二人のデートを想像していたそのとき、着信音が鳴った。
秋夜から?と思い体がビクッと揺られる。
スマホを確認するも真っ暗ですぐに藤堂のスマホが鳴ったのだと気づく。
ホッとしたのも束の間、たまたま見えた藤堂のスマホ画面には秋夜の文字があった。
藤堂は少し躊躇ってから通話ボタンを押した。
彼のスマホから秋夜の声が聞こえた。
『蓮。図書委員の仕事あとどれくらいで終わるんだ?』
「……なんで?今日遊ぶ約束してないだろ」
『まぁ、そうなんだけど。なんとなく気になってな……』
その言葉で私は秋夜が何故藤堂に電話してきたのか気づいた。
終わる時間帯で茜とデートができるか考えているのだと。
ふざけんな!
今すぐ1組に戻って秋夜をボコボコに殴り倒したくなる。
「まだ結構かかるよ」
『ああ、そうなんか。大変だろうけど頑張れよな』
最後の「頑張れ」と言ったとき声が弾んでいて嬉しいなが隠しきれてない。
本当にこんな男と付き合っていたのが恥ずかしくなった。
浮気現場を見てから、秋夜にたいする想いは全て涙として流れていった。
もう好きでもなんでもない。
未練なんて少しもない。
別れよう。
そう決めた。
本当は今すぐにそう言いたかったが、怒りのあまり顔を見た瞬間殴ってしまいそうで気持ちを落ち着かせてから言う必要がある。
明日言おう。
そして二度と関わらない。
そんなことを考えていると電話を終えた藤堂が申し訳なさそうな顔をしてこっちを見ていた。
「……その、ごめん」
何故彼が謝罪するのか理解できない。
謝罪しないといけないのはあの二人だ。
それに、関係ないのにこんなことに巻き込んでしまった私の方こそ謝罪しないといけない。
「謝るのは私の方だよ。巻き込んでごめん」
「いや、桜庭こそ謝る必要はないだろ」……」
「あの二人が学校から出るのを確認するまではさ、悪いけど一緒にここにいてくれる?」
「ああ……」
「ありがとう。優しいんだね」
「いや……俺は優しくなんか……」
「そう?藤堂くんがそう言うなら、そうなのかもね。でも、今の私にはあの二人にバレないようあの場から連れ出してくれて、話しも合わせてくれて、一緒に隠れてくれることは充分優しいよ」
「……」
藤堂は私の言葉に何も言わなかった。
私もこれ以上何を言えばいいかわからず黙る。
小学生から基本男子とは話さなかった。
馬鹿にされたりするのが嫌で本当に必要最低限のことしか。
だからか、こんなときどんなことを話せばいいか全くわからない。
私のせいでここから動けないのだから、せめて話題でも提供しようと思うのに、男子がどんな話が好きなのかすら知らず頭を抱える。
「桜庭はなんで図書委員になったんだ?」
どうしていきなりそんな質問をしたのか、彼自身もわかっていない様子だったが、今の私にはそれが有り難かった。
その優しさが嬉しかった。
お陰でずっと強張っていた体から力が抜けた。
「本が好きだから。本を読んでいるときだけ全てを忘れられるの。図書委員になったのは一番最初に新しく入ってきた本を借りられるからよ。それとあの空間が好きだから。藤堂くんは?」
「俺は……じゃんけんで負けたから」
藤堂はバツが悪そうな顔をする。
「そう。本は読まないの?」
「あんまり……面白いのか?」
「私はそう思うから読むけど、他の人はどうかな?私の友達は漫画は読むけど小説は読まないし。好みじゃない?」
本が好きな人は多いけど、読まない人は全く読まない。
私は好きだから読む。ただそれだけ。
「そうか……なぁ」
「ん?」
「俺でも好きになれそうな本ってあるか?」
「あるんじゃない?」
この世に本は何千万とある。
一つくらい好きな本は見つかるだろうと思いそう答えた。
「なら、今度その本を一緒に探さないか?」
藤堂が話している途中で先生を呼ぶ放送が流れた。
そのせいで何を言ったのか聞こえなかった。
「ごめん。放送のせいでなんて言ってるのか聞こえなかった。今ななんて言ったの?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「そう?ならいいけど。そろそろ帰ろうか?二人ももういないだろうし。ごめんね。こんな時間まで付き合わせて」
「気にしなくていい。俺も好きでいたから」
「ありがとう。本当に優しいね。あんな場面見たあとに一人でいたらきっと頭がおかしくなってたよ。こんなこと言うのもおかしいけど、私男子が苦手だったから、藤堂くんのおかげで少し払拭されたよ」
小学生から男子に悪口を言われたせいで苦手意識があったが、今日のことで少し自分の中で何かが変わった。
「苦手だったのか?」
それなのに秋夜とはどうやって仲良くなって付き合ったんだと不思議に思う。
「うん。変かな?この歳になって、まともに男子と話したことないって」
普通に生活をしていたら男子と関わるのはおかしくない。
当たり前のことだ。
本当はわかってる。
自分がおかしいことくらい。
でも、あの頃に傷つけられた心はそう簡単に癒やされず、今日まで関わるのを避けていた。
「別に。桜庭はがそれで問題ないならいいんじゃね?」
「……そっか。それもそうだね」
絶対おかしいと言われると思って身構えていたのに、まさかの発言に驚いて一瞬固まってしまう。
「桜庭が嫌じゃなければ理由聞いてもいいか?あ、いや、興味本位とかじゃなくて、もし知らないうちに傷つけたら嫌だと思ってさ……」
藤堂は自分が何を言ってるのかわからなくなり混乱して早口で言う。
そんな彼の様子がおかしくてついフフッと笑ってしまう。
男子の中でも特に苦手だと思っていたのに、何故か今は可愛いとすら思った。
「小学生のときからね『凶暴女』『メスゴリラ』『怪力女』『女のくせに男より強いなんて可愛くない』ってこと言われたの。私は空手が好きだから、強くなりたいから、毎日修練したの。高校生になるまでそれは続いたわ。もちろん毎日じゃなかったけど、ちょっとしたことでそう言われたの。そのせいで男子が苦手っていうか、はっきり言うと嫌いだったの。しょうもない理由でごめんね」
私は最後の言葉を言うとき、何故か急に恥ずかしくなって誤魔化すように階段を降りた。
「しょもないなんてことねぇよ。桜庭にとってその言葉は嫌だったんだろ」
藤堂はその男子達が彼女の気を引きたくてそうしたのだとすぐにわかった。
彼女の顔は今まで見てきた人の中で1番綺麗だ。
笑うと年相応になるが、ただそこにいるだけで圧倒されるような顔だ。
近づくのには勇気がいる。
だから、貶すことで関心をひきたかったのだと思った。
結果、そのせいで彼女の心を深く傷つけるとも知らずに。
'ムカつく'
藤堂は何故自分がそう思ったのかわからず動揺する。
心臓の辺りが少し痛くなり病気かと手で抑えるも痛くはない。
気のせいだと思い忘れることにした。
「ありがとう。やっぱり藤堂くんは優しいね」
私はどうしてこんなにも優しい人を苦手だと感じていたのだろうか。
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