第4話 奴隷商にて

「他にいないのかしら。」


 暗く光の入らない部屋、灯りはちょび髭の中年が持つ蠟燭のみ。


 その横にはメイド服ではなく、黒い全身フードを身に纏った小柄な人物。


 それは13歳になった少女である。部屋が暗いためにその細かな表情は周囲からは見えないが、口元だけが蝋燭の灯りで覗かせているだけである。


 少女が案内されているのは、この国でも合法とされている奴隷市場。


 合法とはいえ、違法になる条件も当然ある。


 借金や口減らしで売られる奴隷、冒険者等が規約を守らず堕ちる奴隷、村等が盗賊などに襲われ生活に困り自らなる奴隷、犯罪を犯し刑罰としてなる奴隷。


 町や村から攫ったりするのは違法である。


「どれも悪くはないんですけどねぇ。健康体ではありますし、元冒険者や元使用人ですから、用途があいませんか。」


 少女は自身の魔眼・聖眼の秘密を知り、その仕様を試した事によって今後の運営法を模索していた。


 怪我や病気をも治せる事がわかった今、本来であれば自身の全ての傷を消すことが出来る。


 しかしそれを行わなかった。


 下手に治してしまえば、家の者から怪しまれる。


 むしろ金の生る木と、今度は別の意味で搾取されるのが目に見えている。


 今の屋根裏部屋のような部屋ではなく、地下の牢のような部屋に監禁されて都合よく能力を搾取される事が容易に想像出来るからであった。


 そしたらどうするのが最適か。


 あのような環境に育ち、聖人君子に育つはずもない。


 少女は眼の真実を知った事である計画を思いついていた。


 【やられたらやり返せ、やり返すなら徹底的に。】と。



 そのためには自分一人では成し遂げられない事も即座に気付いていた。


 例えば、ただやり返し亡き者にするだけなら可能であろう。


 しかし何年にも渡ってうけた痛みと傷みを、一瞬で終わらせてしまうのは、納得出来ないものだった。


 腹心となり支える者、駒となり雑作業をこなす者、そして……人を殺める術を教えてくれる者等が必要だった。




 そこで思いついたのが奴隷である。


 金銭に関しては問題がなかった。父はかなり色々と不正をしている。



 タンス預金ならぬ、隠し財産を聖眼によって変えた石ころと交換していたのである。


 場所はかなり幼少の頃から知っていたため、鍵を開けるだけで済む話だった。


 これも聖眼の変化の能力を使えば簡単であり、あっさりと開錠出来てしまう。


 そして中身の金銭や宝石などの類は。石ころと変換する。


 正確には、偽札や偽硬貨、偽の宝石と変えていったのである。


 尤も、宝石の類は今の少女が売る事は不可能……足がついてしまうためにほとんど手を出してはいない。


 盗品ではないが、未成年が売るとなると家名を出さなければならない。


 そのため、自らの足が付くような事は出来ないのである。


 金銭であればその類にはないため、約1年の間にくすねた金銭である程度自由にする事は出来た。


 今身に着けているフード等もそのようにして手に入れたものである。


「……曰く付きの、他の奴隷はいないのかしら?」



 少女には考えがあった。


 普通の奴隷が不要というわけではない。


 しかし、人というのは奴隷契約だけで縛れるものではないと思っていた。


 裏切る可能性、勝手な事をして悪い方へといかないようにするには聖眼の力で縛れば良いと思っていた。


 感謝が崇拝の域へと達する事が出来れば、裏切る心配はない。


 生きる目標を与えられれば、信仰の対象にすらなりえると。



 それならばどういう奴隷がぴったりなのかを、少女は初めから理解していた。



「いない事はないですが……お目に叶うとは限りませんよ。」


 そして案内されたのは、さらに奥の扉の先。


 うっすらとした光すらない、死を待つだけの部屋のようなそこに、いくつかの檻があった。


 鉄格子に囲まれた中にいたのは、片腕がなく片方の足の健が切れ、片方の眼には申し訳程度にまかれた包帯で目が隠れた女が横向けに倒れていた。



「腕はない、足の健は切れてろくに歩けず、片方の眼を失い顔にも傷のある元Bランク冒険者。ある依頼で失敗し仲間を失い、その後に所属した暗殺ギルドで数年仕事をし、最後にはそこでも任務を失敗してこの有様。」


 長々と彼女についての説明を行う奴隷商。




「せめて足がまともであれば護衛としても、簡単な家事手伝いとしても使いようはあるんですけどねぇ。」


 奴隷商の説明を聞きながらも、少女は檻に近づいていく。


「お、お客様。近づいては危険です。そのような状態であっても彼女は元冒険者で元暗殺ギルド所属。何をされるかわかりませんぞ。」



 少女は彼女の残された眼をじっと見ている。


 目で会話でもしているのだろうか。


 それとも右目の魔眼で能力、左目の聖眼で状態を見ているのだろうか。


「奴隷商のおじさま。彼女はいくらかしら。」


「本気ですか?まぁ私ら奴隷商は、ここにいる者達全てが商品、売れるに越した事はございませんが。」


「まぁ、お客様の事を詮索する事はございません。どのような事に利用しようとも扱おうとも、関与すべき事ではありませんので。それが長く商売を続ける秘訣ですから。」


「それで、値段ですか。」


 彼女は平民が半月暮らせる程度の値段だった。


 つまりは激安という事だ。あくまで奴隷の金額という意味ではであるが。


「そう。じゃぁ、これだけ上乗せするので、彼女を綺麗にしてそれなりの身だしなみをお願い。」


 現金一括ニコニコ払いで彼女を引き取る事にしたようである。


 

 小一時間の時間を要し、少女は待っている間にお茶と菓子を振る舞われる。


 待合室は普通の部屋であるが、黒いフードはそれとなく周囲には溶け込んでいない。


 聖眼で視てわかっているからか、これらに毒などのものは一切含まれていない。


 そのため、少女は遠慮なく口にいれていく。


(家で出される飲食物よりよっぽどまともなんだけれど)




「お客様、お待たせしました。それとこれはサービスです。」


 サービスと言われたのは、彼女を運んでいる車いすである。


 決して安いものではないのだが、足の健が切れている彼女の移動手段には必要なものであった。



「ねぇ、これはあなたの趣味なの?」


「それは想像にお任せします。」


 車いすに乗った彼女の姿は、フリフリのお嬢様然としていたのである。


「これではどちらが主人かわからないんだけど。」


「ま、押して歩くならカムフラージュにはちょうどいいけどね。」



「私どもの従業員が運搬いたしますが?」


「いえ、それには及ばないわ。」


 それは、どこへ行くかを詮索されたくないという証だった。


「そうですか。もし必要であればおっしゃってください。運搬専用奴隷なんてのもお買い上げになられても構いませんし。」


「そういうのはまた今度にするわ。」




「あ、あと。彼女の年齢ですが……16歳です。もし不要になりお売りになる際には……」


 基本的には合法な奴隷制度ではあるが、年齢や技能などで値段が変わってくる。


 15歳が一つのボーダーとなっており、そこで売値と買値の値段が変わってくるのである。


 欠損ありの15歳以上は、売っても二束三文にしかならないという事であった。




 奴隷を乗せた車いすを押して歩く。


 奴隷商を出て町を暫く歩き、人通りの少なくなった丘の上。


 貧民街ではないが、栄えているわけでもない。


 貴族の屋敷ではないが、平民が住むような家でもない。


 いわばそこそこの家の前で足を止めた。


 塀があり門があり、貴族が住むには安いが、平民が住むには豪華。


 10人以上が住んでも問題がないだろう、そこそこの屋敷がそこにはあった。


 門を開け、真っすぐ進むと玄関扉が眼前に迫った。


 こういう事を想定してか、階段の脇にはスロープがあるため、車いすでも難なく運搬出来ていた。


 玄関扉を開け、中に彼女を通すと、直ぐに扉を閉めた。



「さて、素直に正直に答えて貰うけど、もし貴女が五体満足な身体に戻れたら何かしたい事はあるかしら?」


 残された濁った眼を見ながら少女は問いかけた。


 未だに一言も発しない彼女を見つめる少女の眼は、何か全てを見通しているように光り輝いていた。


 


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